第4話
買い物から帰ると、姉は友達と約束があるようで、後ろ髪を引っ張られながら出かけていった。ちなみに両親はデートに行った。
だから、夕方4時ごろ連絡が来たとき、私は一人で青ざめるしかなかった。
【6時に迎えいく】
本気だったのか。真っ先に思ったのはそれだ。
本気なのか。本気で私と外食に行くのか。いや、なんで?
急に私とご飯に行こうと考える意味がわからない。確かに、昔から何を考えているのかわからないような人ではあったが、今は特にわからない。
「……あまり会いたくないな」
会いたくないなんて、私が言えたことでないけれど。
ベッドの上には、姉が今晩着ていくようにと買ってくれたワンピースがある。無地でシンプルだけど女性的なシルエットのニットワンピースだ。テーブルの上には姉が貸してくれたメイク道具とコテが並んでいる。香水も3つほど置かれている。
全てを使って武装すれば、私の戦闘力も3くらいならば上がるかもしれないが、今さら3上がったところで、蟻が一回り大きくなる程度の話なのだ。
善くんにはあまり会いたくない。
もしも私が姉だったら、喜んで会いに行くんだけど。
「……私も可愛くなりたかった」
遺伝子を恨んだって、どうにもならない。ほんの3でもいいや。少しでも戦闘力が上がるようにと、ワンピースに手を伸ばした。
17時50分頃から玄関にしゃがみ込んでいた。家の前で車が止まる音がするとすぐに家を飛び出す。
運転席で善くんは乗ってとジェスチャーをする。私は恐々と車に近付き、助手席には誰もいないようだったので助手席に乗り込んだ。車の中にはラジオがかかっている。人の声があることに妙にほっとする。
「あの……迎えにきていただいてすみません」
車がゆっくりと走り出す。
「俺が誘ったんだし。急だったけど用なかった?」
「私は何もないです」
「へえ。じゃあタイミングよかったな」
いつ何時でも暇だったとは言えず、私は下手な笑いを作った。
ハンドルに指先を引っ掛けただけの左手を盗み見る。きっと横顔は彫刻なのだ。そう考えれば、彫刻でない自分が恥ずかしく、顔を隠すように窓の外を向いた。
「何か食いたいもんある?」
顔の向きはすぐに善くんの声に引っ張り戻された。
「私は何でも好きなので…」
「じゃあ何にすっかな。まじで何も決めてねえわ」
「私も案がなくて……あ、調べてみますね」
鞄からスマホを取り出して検索を始める私に、善くんは興味もなさそうな温度で尋ねた。
「なんで敬語?」
痛いところを突かれた。そんな気持ちになる。
「反射っつったっけ? 抜いてみ。多分割と行けるから」
「はい……あ、うん、やってみ、る」
ぎこちない応答に、善くんは声も出さず笑う。
「つか、いとオムライス好きじゃなかった?」
「……うん」
「オムライスどこで食えんの? 調べれる?」
「はい」
調べようとして、初めて、指先が震えていることに気付いた。また恥ずかしいが募る。
なかなか探せずにいたせいかもしれない。善くんはしばらくして車を路肩に寄せた。
「あ、ごめん、私要領が悪くて……」
謝りながら見上げれば善くんと目が合った。善くんは軽く笑う。たったそれだけの動作で、私の謝罪も憂慮も一緒くたに、簡単に蹴散らしてしまう。
それから善くんは、スマホを触るでもなくハンドルにもたれかかり、私を下から覗き込んだ。
「なー、いと」
「はい?」
「店行くのやめてうち行こっか」
「……うちというのは、あの、そちら様の、」
「は、そう、俺の」
善くんは随分と無防備に笑う。
私がその笑顔を凝視していれば、善くんは切長の綺麗な目を細めた。
「うち来る?」
「……お邪魔します」
「よし」
「あ、でも、手土産をどこかで買わせていただ…」
「ああ、気にすんな。うち誰もいねえから」
涼しい顔で爆弾発言をして、善くんは車を動かした。
「……え、誰もいないんですか? いいんですか? そんな1人のときに」
「親いる方がうるせえよ」
「た、確かに、いろいろと聞かれるかもしれないですけど……」
実際に、今朝善くんのお宅に訪問した際、善くんのお母さんは、姉と私のどちらかが善くんの彼女なのかと尋ねられた。そういう誤解をいちいち解くのが善くんは面倒臭いのかもしれない。
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