第6話
ただ、善くんの疑問は「下心を撲滅したいくらいで?」という方向ではなく、別の方向に向けられていた。
「下心なんかあんの? いとに?」
「ありました。ひどいのが」
「好きな人もいねえ、恋愛なんかわかんねえっつってたろ」
「できたんです」
「何だそれ。聞いてねえ。どこのどいつだよ」
「善くんの知らない人」
「俺の知らねえやつ好きになって、なんで俺と音信不通になんの?」
至極真っ当な意見を前に正当性を主張できない。絞り出すように「いろいろあって……」と目を逸らせば、「へえ」という善くんの地を這うような声が返ってきた。
ブチ切れていらっしゃる可能性が浮上する。
「ごめんなさい」と頭を下げようとした。そこへ声が重なった。
「下心は撲滅できた?」
「は、はい、おかげさまで」
「もうしねえ?」
「はい?」
「音信不通とか電話番号変えて教えねえとか、もうしねえかって」
「も、もうしません! もう二度としません! 誓います! 大丈夫です!」
「ん。じゃあ、いいよ」
善くんは目を細める。
なんて綺麗なと胸が締まって、私は顔を伏せる。
「……ありがとうございます」
「おー」
許された。きっと、今度こそ本当に。
そして、何より、ごまかすことができた。善くんという手厳しい敵を前によく耐えた。よく真相を吐かなかった。
私はまるで舞いあがるような軽やかな心持ちで、つまり有頂天になっており、それゆえに馴れ馴れしい世間話を振った。
「善くんは、あの、どう、ですか?
「
「え、別れ……」
「何年前だよ。向こうももう結婚してる」
「……大丈夫でした?」
「何が?」
「だって大好きだったから。永野さんのこと」
すると、茅野くんは横目で私を見て、私に体を寄せた。
「──…それ、今さら言ってどうなんの?」
慌てて体を後ろに引くが、善くんの長い指が私の頬に触れた。胸が動く暇もなかった。両頬を容赦のない力で横に引っ張られる。
「音信不通にしたの誰だよ。なあ?」
「すみません、痛いです、すみません」
「別れたの報告しようと思ったらお前の連絡先消えてたんだけど、あれ、なんでだっけ?」
「すみません」
「すみませんで何でもかんでも済むと思うなよ」
「でも、いいよってさっき言った……」
「気が変わった」
「大変申し訳ありませんでした」
善くんは指を離し、小学生のころから変わらない、悪戯っ子のように笑う。
「次同じことしたらお前の実家行くから。娘さんに婚約破棄されたから連絡先教えてくれっつって」
「すぐバレますよ、そんな嘘」
「バレた頃にはもうお前捕まえてるだろ」
「計画雑じゃないですか?」
「俺に社会的信用を失う嘘吐かせたくねえなら、二度と音信不通にすんな」
「はい。もちろん」
実写版ジャイアンみたいなことを言いながら、善くんは案外優しく目を細めるので、頭が忙しい。
コーヒーカップを一旦テーブルに置いて、膝を抱えて顔を埋める。そうやって落ち着こうと努めていれば、どうせ暇を持て余したとかそういう理由だろう、善くんは私の肩にもたれかかってきた。
ちらっと横を見れば、善くんの喉仏が拝める。
「……え、なに、してるんですか」
「リモコン取って。テレビの」
「はい」
リモコンを渡せば、善くんは普通にテレビを見始めた。人の声が響いてほっとする。
いや、全然ほっとしない。善くんがもたれかかっていらっしゃる左肩に全ての意識が集中していて、普段の呼吸の仕方を思い出せない。
しばらく興味もなさそうにテレビを見ていた善くんだったが、不意に後ろから腕をまわした。そうして、彫刻みたいな顔で私を見下ろしてくる。
「なあ、下心まだあんだろ」
「え…!? そ、そんなこと、、」
「顔がうるせえんだよ」
善くんは口角を曲げて、私の顔に影を落として。
「──…なあ、してみる?」
私の顎を指で持ち上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます