第36話

あの、これは、どうして……? どういう事態? 私が今LINEなり電話番号なりを教えれば、丸く収まるのでは??



「ぜ、全然私は教えますよ」



強行突破しかない。双方喧嘩腰の二人の間に割って入り、LINEのQRコードを表示して梶くんに向かって腕を伸ばす。が、善くんはその腕も掴んで止め、花乃ちゃんが私からスマホ自体を奪った。


梶くんは苛立った様子で善くんを睨む。



「なんで茅野が邪魔すんの? もしかして宮下とお前付き合ってんの?」



心臓が変な音を立てた。変な汗が噴き出した。



辺りを窺えば、善くんの友達も近くにいて、こっちに注目していて、その中には梨花ちゃんがいて、それだけでなく、境内にいる他の参拝客も注目していて……。


そんな誤解はあってはならないと、慌てて口を開いた。



「違う! 違うよ全然。善くんは友達で、ちょっと過保護なお母さんみたいなところがあるみたいで、それが今、ちょっとたまたま私に向いてるだけで……」



全ては私の杞憂だった。梶くんの問いには、誰一人、まともに取り合っていなかった。質問者の梶くんさえ。


そう気付いたのは、梶くんの仲間が一斉に吹き出してからだった。



「いやいや、宮下サン、みんな知ってっから」

「冗談よ冗談。マジレスしないで」

「俺ら茅野の見る目疑ってねーから大丈夫よ」



梶くんも少し困ったように微笑んで、善くんは何も言わなくて、花乃ちゃんが私の手を握って、そりゃあそうかって、私の顔にも苦笑が広がった。



「ごめん、変なこと言った」



私と善くんが付き合ってるって誰が思うんだ? って話だった。簡単なことも考えず、バカなことをした。反省して、下を向く。



「ねえ、宮下サン、梶に連絡先教えてあげてよ。梶、宮下サンと仲良くしたいみたいだからさ」

「あ、はい、えっとスマホを」



梶くんの仲間に直接頼まれて、花乃ちゃんに奪われたスマホを取り返そうと手を伸ばす。花乃ちゃんは背を向けて拒絶した。


スマホはあきらめよう。電話番号を教えて早急に2人を連れて撤退するのがいい。080。暗唱を始めた。


すると、善くんはまるで守るみたいに、私の肩に腕をまわし、自分の体で私を隠した。



「じゃあ、いとも断ってることだし」



善くんは雑に話を切り上げようとする。



「おい茅野待てよ! 宮下断ってないだろ!」

「は? 梶と仲良くする気微塵もねえからごめんなさいっつったろうが。あきらめろ」

「言ってないだろ」

「言った言った。いとは口下手だからな。俺が代弁してやってんだよ」

「おい、茅野! お前ふざけ……」

「ふざけてんの、ずっとお前な?」



善くんの声が低くなった。



「まじでもう関わんな。それくらいなら、お前もできるだろ?」



強制的に体の向きを変えさせられて、境内の奥へ引きずっていかれる。必死に足を動かしながら見上げれば、善くんの顔には苛立ちが浮かんでいる。


鳥居の近くで善くんは足を止めた。急いで謝れば、怒られるかもしれないという予想に反して、善くんは私の頬を包み顔を覗き込んだ。



「いと、大丈夫か?」

「え?」

「お前梶と話すのもういけんの? 高校んとき顔合わせんのも無理だっただろ? すげえ怖がってたイメージしかねえんだけど。大丈夫か?」



そんな優しい目を向けられるなんて想像もしていなくて、どこかがぎゅっと締まった。


私はへらへらと笑う。



「大丈夫。私、全然大丈夫になったんだ。ごめん、もっと早く言えばよかった」

「……やめとけよ、連絡先教えんのは。しつこいなら俺の電話番号をいとのだって言えばいいから」

「大丈夫だよ」

「いや、やめとけ」

「うん、じゃあ検討する」

「採用すんだよ」



善くんは呆れたような顔をして、私の髪をぐしゃっと乱した。



    

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