第37話

善くんはその後、花乃ちゃんに視線を移した。



「もっとちゃんと見張っといて。いと、何するかわかんねえんだから」

「……誰が誰に言ってんの?」」

「俺が花乃に。なんか問題あんの?」

「話は聞いてる。よくも彼氏面できるよね」

「は、俺がいつしたよ」



花乃ちゃんは善くんを睨んで、善くんは苛立ったように笑った。とても不穏だ。何をどの角度から考えても、私が善くんに告白したことが悪い。



「あの、善くん、梨花ちゃんたち待ってるよ。もう大丈夫だから戻った方が……」

「今から2人どこ行くの? いとんち?」

「善に関係ないでしょ」

「いと、どこ行くの?」

「あ、よっちゃんの家。これからよっちゃんの車でドライブ行くんだ」

「よっちゃん……は、どこ住んでんの?」

「南駅の前の、えっと、」

「あー、おっけ、じゃあ駅まで送るわ」



善くんは一度私の後ろを気にしてから、私の腕を引いて歩き出した。腕はすぐに離れたが、引っ張られた反動で足を踏み出せば、あとは善くんについていこうと足が勝手に動く。


花乃ちゃんも続きながら、善くんの背中を睨んだ。



「善、送んなくていいから。梨花のところ戻んなよ」

「俺も帰んだよ」

「絶対嘘だろ。勝手に帰って梨花泣くんじゃないの?」

「どうでもいい」

「ほんと、ひどいやつ」



善くんは笑う。



今年は最悪な年になるんだろう。そうとしか思えない。だって、新年早々不穏な空気がこんなにも長い時間続いている。


私はなんとか場を盛り上げようと頭を働かせる。



「あ、そういえば、花乃ちゃん、おみくじ引けてなかったね」

「いいよ。多分大凶だよ」

「だ、大凶かもしれない、けど」

「今日またどっか神社行こうか。そこで引こう」

「そうだね。善くんは? 善くん、おみくじ引いた?」

「うん」



すると、前を歩いていた善くんは振り返って、ポケットに突っ込んでいた手を私に向かって伸ばした。



「なに?」

「手」



頭に疑問符を浮かべながら手のひらを受け皿にすれば、善くんはそこに白い和紙を置いた。



「え……これおみくじ? って、うわ、大吉だ! すごい。初めて見た」

「それいとの」

「え、いや、もらえないよ。これは善くんの……」

「いらねえなら捨てといて」

「な、捨てないよ。なんてこと言うの」

「よかったな、初大吉」



善くんは笑って、花乃ちゃんは顔をしかめた。


駅に着くまでに梨花ちゃんたちが追いかけてきて、「善くんどこ行くの?」と善くんの服を引いた。



「今から大我んち行くんだよ? そっちじゃないでしょ?」

「俺いいわ」

「えー、じゃあ私、善くんの家行っていい?」

「うちはまじでだめ」

「えー、なんで?」



梨花ちゃんは善くんの腕に腕を絡めて、2人は来た道を戻っていく。お礼も新年の挨拶も言えていないことを、小さくなっていく背中を見送りながら思い出すが、もう後の祭りだ。



善くんがくれたおみくじには、恋愛の項目に「この人より他なし」と書かれていた。ああ、これは善くんのおみくじだ、と思った。


よっちゃんと花乃ちゃんと一緒に参拝した神社でおみくじを引くと小吉だった。恋愛のところには「愛しぬくこと」と書かれていて、それは絶対にだめなんじゃないかと神様に文句をつけてみる。


神様は当然、訂正も助言もくれない。




春が来て、善くんに彼女ができたと知った。会社の同僚で、3つくらい年上の人で、大学ではミスコンに選ばれたレベル違いの美人、らしい。


私はなんとなくおみくじを思い出して、神様が善くんに伝えようとした「この人より他なし」というのはその女性のことだろうな、と思って、善くんはその人と結婚するのかもしれないなあ、と思って、初めて、泣いた。



善くんには好きな人がいて、善くんには彼女がいて、善くんには触れたい誰かがいる。そういうのにはもう慣れているのに、おかしいな。



──…可愛くてしょうがねえわ。



嘘じゃないって善くんは言ったけど、嘘だって、あれは善くんのただの優しさだって、知っているはずなのに、おかしい。



期待していたの? だとしたら変だ。


最初から最後まで、私が期待する余地なんて1mmもなかった。






[初恋のち失恋]


   

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