友人の冬〈花乃side〉

第38話


茅野善には「お気に入り」がいる。


善を観察していれば、大概の人が気付くことだ。



善は昔からモテて、もしかしたら女好きで、もしかしたら女嫌いで、でも変に面倒見がよくて、変にサービス精神が旺盛だから、基本的に彼女がいて、セフレがいて、まるでそれらから避難するかのように「お気に入り」と絡んでいた。



「お気に入り」はもしくは「避難場所」と呼んで、もしくは「気を許した女友達」と呼んで、もしくは「善の癒し」と呼ぶ。



善は「お気に入り」に、群がってくる女にするみたいに肩を抱いたり腰を抱いたりしない。甘ったるい声で話さない。冗談を言う感覚でキスしたり、学校をさぼってしけこんだりしない。


でも、お気に入り。ずっとそばに置いている。随分と無防備な顔で笑いかける。



その「お気に入り」が、いとなわけだけど。



いととは見解が異なるかもしれない。善は別にいい人でも優しい人でもない。彼女は彼女。セフレはセフレ。人そのものではなくそのカテゴリーを見ているみたいな冷たさがあるし、それ以外の女には目もくれない。いと以外の幼馴染にだって、同様に目もくれない。


じゃあ、善にとって女友達って何? 彼女とセフレの線引きは? 彼女と女友達の判断基準は?


善の考えていることは、よくわからない。



10代の頃、休みの日や放課後にいとへ電話をかけると、いとから「善が今家に来ている」という言葉を聞くことは割と多かった。でも、体の関係は誓ってないようだった。



「なんでそんなにいとの家に行くの?」



善に素朴な疑問をぶつけると、善は即答した。



「眠くなるから」



彼女んちで寝なよ。至極真っ当な意見を出せば、善はおおいにバカにしたかのように鼻で笑ったものだ。



そんな善の「お気に入り」に、高校生のとき、初めて彼氏ができた。梶という冴えない男だった。いとが梶と付き合うや否や、善は珍しく私のクラスにやってきた。



「梶といとって接点あった?」

「自分で聞いたら?」

「ないよっつってた」

「じゃあないんでしょ」

「なら意味わかんねえだろ。なんで付き合うんだよ。お前ちゃんと見とけよ」



それは八つ当たりじゃないのか、と思ったり。



梶の本性が露呈すると、間もなく、校内にある噂が立った。梶の仲間の藤原という男についての噂だ。


藤原は、中学では1番モテていたのに高校に入るとまるで相手にされなくなった。それを藤原は、善が女を全部持って行ったせいだと思っている、だとか、だから梶を使って善のお気に入りを狙った、だとか、まあ、そんな内容だった。



十中八九、その噂は善の耳にも入っている。


善が何を思ったのかまでは知らない。



成人式から5年が経って、いとが昔善に恋をしていたことを知った。そして、それは今も続いているようだった。


いとはあまりにも簡単に、こっそり想い続けるとかあきらめるとかではなく、恋心そのものをなかったことにする、という選択肢を選ぶから、妙に悲しくなった。



「いとが頑張ってあげないから、下心も消えようがないんだよ。あきらめな。一生善のこと好きでいるか、頑張ってあげて消すかの、どっちかしかないよ」



いとは「頑張る」と言った。


恋心をすくい上げて一生懸命恋をしているいとは、これまで出会ったどの女よりも、可愛く見えた。



「私、善くんにふられたんだ」



その結末は本当に想定していなかった。だって、いとは昔から変わらず「善のお気に入り」だったのから。


ふられたいとは悲しそうな顔すら見せなくて、ふったあともいとは善の「お気に入り」で、私の頭の中はたくさんの「なんで?」で埋めつくされる。



茅野善の考えていることはわからない。



お気に入り。唯一の女友達。そばに置いておきたい異性。連絡先がわからなくなるとおおいに困る異性。


ねえ、彼女にできない理由は何だと言うの?



年明けから半月ほど経ったころのとある夜、善に連絡をとって会いに行けば、ネオンの光がばかばかしいほど善という人間の存在を際立たせていて、無性に腹立たしくなった。



「また煙草吸ってるの?」



煙草を燻らす善に、そこはかとなく「男」を感じてしまう。どちらかというと善のことを嫌いな私にまでそう感じさせるのだから、善の元来持つ色香のようなものは凄まじいのだろう。



「知らねえの? 煙草ってやめれねえんだよ?」

「やめてたじゃん」

「じゃあ、またすぐやめるだろ」



19歳くらいで煙草を覚え、それから5年ほど善は喫煙者だった。なかなかのヘビースモーカーだった。喫煙所から行けば帰ってこないと言われるほどに。


善は目もやらずに尋ねた。



「何? 話って」



どこかの店に入るという頭すらないらしい。こっちにもなかったから好都合だ。



「あんたに謝ろうと思って」

「なんで?」

「けしかけたかなと思ったから」

「いとのこと?」

「余計なことした?」



すると、善は面白くなさそうに笑った。



「いとが言ってこなくても知ってた」

「……気付いてたの?」

「再会するまでは知らなかったけどな。いとはわかりやすいから、まあ、なんとなく。だから、お前に謝られる覚えはねえわ」



善はおいしくないものを飲み込むように煙草を味わう。



「なんでいとのこと、ふったの?」

「さあ」

「は?」

「向いてねえんだろ」



細い煙があがる。



「いとの“彼氏”になんのは、怖いよ」



吐いた煙は吐息とも紫煙とも見間違う。






[友人の冬の吐露]


    

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