ちぐはぐ〈純平side〉

第39話


綺麗な顔に、高身長に、威風堂々たる態度に、だだ漏れの色気とくれば、当たり前に引く手数多で、軟派そうな雰囲気は善の隙となって、さらに女を惹きつける。


そこへ、何年も付き合っている年上の彼女がいる、ときた。彼女がいるからと滅多に飲み会に来ず、誘いに応じず、浮気をしない。



大学で知り合ったそんな茅野善について「完璧を体現したような男」と思ったのは、出会ってせいぜい1ヶ月間くらいの話だった。



「善、寝不足?」



大学1年のころ、あくびの絶えない善に問う。



「昨夜はお楽しみでしたか?」

「明け方まで泣かれて、そっからやったから寝る時間なかった」

「彼女なんで泣いたの?」

「なんか浮気したとか言って」

「え、、浮気した? 彼女が? 善が?」



善は平然と「彼女が」と告げる。



「え、ま、茉莉花ちゃん浮気したの? え、あ、それで別れ話してた感じ?」

「別れ話したつもりはねえんだけど、茉莉花はその態度も気に入らねえっつって泣いて」

「……え、待って、お前浮気許せるタイプ?」

「うん」

「え!? まじ?」

「浮気されんの初めてじゃねえし」

「……お前は何を淡々と」



善は無理をして平然を装っているのかと思ったが、どうやら違った。本当に、ほんとーーーに、心底どうでもいいみたいだった。



「善、彼女のことほんとに好きなの?」

「うん」

「でも浮気しても怒んねえの?」

「うん」

「え、じゃあ、お前が許せないラインどこ?」

「ないんじゃねえの」

「え、好きなのに???」

「好きだからだろ?」



「好きだから許せねえんだよ」と言えば、善は「何だそれ」と裏も表もないような顔で笑った。



茉莉花ちゃんとは、大学3年の春に別れたらしい。


そのことを善は、友達の友達の友達の弟の彼女の従兄弟の話をしているみたいなテンションで報告してきたから、俺は反応に大変困った。



「茉莉花ちゃんと何年付き合ってたんだっけ?」

「高校のどっかから」

「大雑把すぎるだろ」



煙草を咥えながら善は笑う。その顔に失恋めいたものは微塵も見られない。


喫煙所にいた4年の女の先輩に「フリーになったならどう?」とあからさまな誘われ方をして、「今夜どうすか?」と冗談っぽく笑うほどだった。



善は浮気をしない。彼女の束縛を割となんでも受け入れる。まめに連絡をとる。何時だろうと彼女の迎えに行く。スキンシップは激しい。言葉でも行動でも愛情表現は怠らない。


でも、彼女の浮気に怒らず、彼女の束縛はしない。彼女と別れても他人事みたいな顔をしている。



善の恋愛は、ちぐはぐだ。



茉莉花ちゃんと別れたその日から、善はいろんなカテゴリーの女からアピールを受け始めた。善の方は、テキトーに抱いたり断ったりしているようだった。


フリーの善を見るのは初めてだった。彼女に誠実だった善の倫理観的に、セフレはアウトなのではないかと思ったが、それをぶつけると、善は何食わぬ顔をして「なんかだめなの?」と言った。



「……いや、善は、好きな子しか抱かないとか、抱いたからには付き合うとか、そういう紳士タイプなのかと」

「俺、ワンナイト派」

「嘘だろ!?」

「楽だし」

「……え、今日クラブ行く?」

「クラブは行ったことねえわ」



フリーの善は普通に「執着心のない遊び人」で、彼女ができると「完全無欠な一途な彼氏」になる。


そこに「なぜならば彼女にマジだから」と続けば何の問題もないのだが、善は彼女の浮気を容認し、彼女と別れても平然としているので、事態は複雑なのである。



ああ、そうか、善には彼女に対して、執着心や独占欲を伴う恋愛感情たるものを抱かないから、言動と心が噛み合わなくてちぐはぐに見えるんだ。



クラブで善が無双して、その辺の公衆トイレになんかすげえ美人を連れ込んだ翌朝、どんな夜を過ごしても綺麗な顔で煙草を吸っている善に尋ねてみる。



「なんで茉莉花ちゃんとは何年も付き合ってたの?」



善の答えはやっぱり他人事めいている。



「好きだからじゃねえの?」

「じゃねえだろ。じゃあ善、好き…!! って身悶えたことあんの!?」

「今のキモかった」

「俺に謝れ」



善は薄い唇から紫煙を吐き出す。



「ヤりてえとは思うよ」

「ヤりてえと好きは違うんだよな」

「ヤりてえのと可愛いって思うのが好きってことだっつって、道徳で習った」

「それはヤリチンの道徳だ」



善は珍しくも、はは、と無防備に笑い、喫煙所の前を通った女の視線を奪っている。



「ほら、ほんとのこと言ってみ? なんで茉莉花ちゃんと付き合ったの?」

「ほんとのこと……何だろな、相性がよかった?」

「んなことだろうと思ったよ!」

「顔が好み」

「おーおー。それから?」

「わがままな女と尻軽は相手すんのが楽」

「はいはい、なるほどなるほど、それを総じて好きっつうのね、恋愛童貞は」



善は他国の言語を学んでいるときのような顔で「れんあいどうてい……」と繰り返す



「童貞は知らねえだろうけど、まじ、ヤりてえ、なんてもんじゃねえからな? 本命は。童貞は知らねえだろうけど、俺がぐっちゃぐちゃのどろっどろにして死ぬほど甘やかしてやりてえ、って感じだから」

「へえ、くそキモいな」

「お前な」



わざとらしく怒って善の服を引っ張れば、鎖骨あたりに3つ4つキスマークが見える。「キスマついてんぞ」と言うと、恋愛童貞のただれにただれた男はひたすらどうでもよさそうに笑うのだ。



    

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