第35話

23日のクリスマス会にて、よっちゃんと花乃ちゃんに善くんにふられたことを報告し、年末に実家へ帰れば、お姉ちゃんが結婚するらしく、義兄になる人が結婚の挨拶に来ていて、私の失恋のことはすっかりどこかへ行って。


ああ、よかった、って幸福を感じる。



元旦の朝、地元の神社に花乃ちゃんと初詣に行けば、通りを挟んだ向こう側に賑やかな男女の集団がいて、その中に善くんがいた。集団の盛り上がり具合から想像するに、おそらく大晦日の夜から飲んでいる。


それを遠目に「元気だね」と笑えば、花乃ちゃんは「うるさいよね」と言った。



「出直す? 善見るのつらくない?」

「え、全然いいよ」

「まじで? 女といるけど大丈夫なの? 無理しなくていいんだよ」

「ありがとう。でも、私もう本当に善くんの友達になったから。多分結婚したって聞いても全然大丈夫」

「……どういうこと?」



善くんの所属集団の笑い声を聞きながら、私たちは神社に向かう。



「ねえ、いと、あんた、ふられてから泣いた?」

「泣いてないよ」

「泣いてないの??」

「うん。善くんが優しくしてくれたからかな。嬉しいことが多かったからかも。全然泣きたくならない」



すると、花乃ちゃんはなぜか難しい顔をして「あいつ悪いね」と呟いた。



参拝して、花乃ちゃんとおみくじを引いていると、「宮下」と呼びかけられる。誰か知り合いがいたんだろうか、くらいの気軽さで顔を上げれば、目の前に梶くんがいて、新年早々驚く。


梶くんの後ろでは、加藤くんや見たことのない男の人が集っていて、なんだかにやにやとして私たちを観察している。よく見た光景だ。こういうとき、漠然と消えたくなるのはどうしてだろう。



「梶くん。あけましておめでとうございます」

「あ、うん。おめでとうございます」



新年の挨拶をしていると、花乃ちゃんが私のコートの裾を引いて「行こう」と言った。梶くんにさようならの意味を込めて会釈をすると、梶くんはわかりやすく焦りをあらわにした。



「あの、宮下!」



真剣な表情で声を張って一歩踏み出す梶くん――が見えなくなる。突如として梶くんと私の間に立ちふさがった、黒い何かのせいだ。


黒い服。背の高い人。広い背中。男の人、だろうか。一つずつ辿って、見上げる。



「久しぶり、梶」



声と後ろ姿から割り出されたのはたった一人。


善くんだった。



「俺いとに用あんだけど、話済んだ? もうもらってっていい?」

「いや、俺はただ」

「ああ、まだ? じゃあいいよ、続けて?」



善くんは少し体を退けて、でも完全には譲らず、私の斜め前で腕を組みながら待機している。威圧感がすごい。


後方から梶くんの仲間が援護射撃した。



「おい、茅野、空気読めよ」

「お前こっち来いよ。こっちで話そうぜ」



善くんは梶くんに留め置いた目すらも動かさない。


不穏な空気に怯えながら、小声で梶くんに用件を尋ねる。梶くんは、私の連絡先を聞きたいのだと言った。



「連絡先? 私の?」

「うん。この前別れた後、宮下に連絡しようと思ったら、なんでか宮下のアカウントが消えてて。だからもう一回教えてほしいんだけど」

「あー…」



正直、梶くんと繋がりたいとは思わない。思わないが、とにもかくにも善くんを梶くん軍団から引きはがしたかった。


高校生のとき、梶くんとその仲間の会話を聞いて見たこともない怒り方をした善くんがちらつき、気が気でないのだ。



「いいよ」



梶くんに一歩近付けば、善くんと並んだ。スマホを取り出しながら「LINEでもいい?」と尋ねようと口を開いて、音を発する前に隣を見上げた。善くんが梶くんを見据えたまま私の腕を引いたせいだ。


善くんは睨んでいるとも言えよう笑顔を浮かべ、梶くんに言った。



「俺のLINE教えるわ。いとに用あんなら俺通せよ」

「……は?」

「大丈夫。全然信用してもらったらいいんで」

「いや、なんで茅野通すんだよ」

「まさか口説くわけじゃねえだろ? 俺が間入って何の問題が?」

「何言ってんの? まじで意味わかんないんだけど」

「いや、俺も意味わかんねえわ。なんで今さらいとに絡んで来んの? どのツラ下げて? 記憶喪失にでもなった? 都合の悪いことは忘れるタイプ? お前の背中押してんのは誰? 全部答えてもらっていいですか?」

「うるさいな。茅野に関係ないだろ」



善くんは鼻で笑った。尋常でなく挑発的だ。




  

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