第75話

そんな善くんを見ていると、わざわざ言うことでもないだろうと黙ってきたことを言わなければ、と思う。いつか善くんと経験するかもしれないんだ。まったくの無関係でなくなった以上、話しておいた方がいい。



「あの、善くん、」



決心して口を開くと同時だった。



「なあ、俺から言っていい?」



善くんは難しいことを私に尋ねた。



「……言う?」

「梶に」

「梶くんに? え、何を?」

「俺らの関係?」



私たちの関係って具体的に何なんだろう。それは、他人に明かしていいものなのだろうか。


返事に窮し、善くんをただ見つめる。



「ただ、梶に言ったら梨花の耳にも入ると思うから、一気に拡散されると思う」

「え、」

「藤原ってわかるか? あいつ、梨花の元カレだから」

「(ふじわら……)」

「まあ、梶の友達みたいなやつ」



1人も梶くんの友達が浮かばないが、ひとまずわかったような顔をして頷いてみる。


善くんはそれを見透かしたように少し笑った。



「藤原は、昔から、梨花が俺に構ってくんのが気に入らなくて、俺のこと敵視してて……多分、いとと梶の一件も俺のせい。梨花の策か藤原の策かはわかんねえけど、梶がいとの関わり持ったのは、俺がいとに絡んでたせいだと思う」



ごめん、という言葉こそないけれど、善くんの表情はまるで謝っているかのようだった。


整理すれば、梨花ちゃんと藤原くんが元恋人同士で、梨花ちゃんは善くんのことを好きだから、藤原くんは善くんのことを敵視していて、善くんと私が当時友達だったから、藤原くんは梶くんに協力を仰いで、私に告白させた……?


整理など無意味だ。余計わからなくなった。



「……いやあ、でも、違うんじゃない?」

「ん?」

「善くんは何にも関係ないんじゃない?」



お互い疑問符を浮かべながら見つめ合う。



「梶くんと付き合ったのは私の意思だし、梶くんとの間に問題があるのは私のせいだよ」



私が梶くんの告白を受けなければ、梶くんと私は関係しなかった。そうすれば、私が梶くんに触れられることも、つらい言葉を突きつけられることもなかった。善くんがこうやって「自分のせいだ」と語る必要もなかった。


うん、どう考えても私と梶くんの問題は私と梶くんの問題だ。



「善くんが梶くんに連絡を取るのはやめよう。梨花ちゃんもいい気はしないだろうし、藤原くんももっと善くんを敵視することになるかもしれないし、いいことないと思う」



善くんに相談すべきでも、頼る必要はない。これは私の管轄の話。私が自分で梶くんに「あなたと連絡は取らないです」と意思表示するべきだ。梶くんが私に執着する理由が何にしろ、私の意思は変わらないのだから。


その意思表示のうちに未読無視は含まれるのか否かを考えながら、件のメッセージをもう一度読もうとスマホに手を伸ばした。そこに、善くんの手が重なった。善くんは私の手を握り、正面から目を合わせる。



「俺は、梨花の気分なんか興味ねえし、藤原とかくそどうでもいい。梶は永遠に伏して詫びろって思ってるけど、それが1番ってわけではない」

「うん?」

「俺はただ、いとが、一時的にでも気を許した男と絡むのが嫌なだけ」



善くんは席を立った。



「余裕ねえの、許して」



出口へ向かって歩き出す。その前に私にスマホの画面を見せた。善くんのスマホは「梶」という人物への通話を求めていることを示していた。



「(なんで……)」



なんで私は善くんを真っ先に頼って、なんで善くんは当たり前のように間に入ってくれるのだろう。考えてみるけれど、胸が締まる感覚ばかりが染み渡って、ひとつもそれらしい答えは出てこなかった。


しばらくして、善くんが帰ってきた。ちょうど、オムライスとハンバーグが運ばれてきたころだった。



「善くん、大丈夫だった?」

「おー。梶のメッセージは開かずに消せばいいから」

「あ、うん」



お手数をおかけしたことを謝ろうとして、善くんの優しさにはお礼の方が似合うかと思い直して「ありがとう」と伝えた。


善くんは、呆れもせず、うんざりすることもなく、私に対して柔らかく目を細めてみせた。



好きだなあ。実感が絶え間なく募る。


同じものが善くんの胸にも降り落ちているだなんて、未だに現実味がない。



食事を終えてお店を出る支度を整えていると、善くんが自分のスマホを差し出した。



「なに?」

「消して」

「消す?」



視線を落とす。


画面はLINEのアプリを開いている。上部には「ブロックリスト」の文字。その下には、見るからに女性だろうというアカウントが連なっている。



「前の彼女と別れた辺りでブロックしてたやつ、全部いとが削除して」

「え、」

「他にSNSはしてねえから」



小さくてはっきりとは見えないけれど、アイコンの写真が美人ばかりに感じられて、そうだ、善くんは雲上人なんだった、と思い出す。


伊達に素人でない私は、こういうときに取るべきな適切な対応を知らない。重そうな責任に怯えて「そんなことしなくていいよ」と体を後ろに引いた。



「じゃあ俺がするわ」



善くんはさくさくと羅列しているアカウントの全てにチェックを入れて、完全に削除してしまった。確認を促すように再び向けられた画面の「ブロックしているアカウントはありません」の文字に、思わず「ああ」と呟いてしまう。


善くんは笑った。



「いとのとこ行くって決めたときから、連絡取り合う気なかったから」



私だけに向けられたその笑みがあまりに綺麗で、あまりに自然と私の心臓をまさぐるから、雲上人と知りながらもただ触れたいと思うのだ。



    

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