王子様

梨花side

第71話

小学生のときに「付き合って」と言ったら、善くんはまだ声変わりをしていない声で「いいよ」と言った。


それからデートをして、手を繋いで、ぎゅっと抱きついて、中学校に上がるとキスをして、体を互いに触り合って、中学1年生の冬、善くんと結ばれた。



善くんは、特別。



別れは私から切り出した。でも、本当は、私がふられたようなものだった。


善くんに何よりも優先されたくて、たくさんわがままを言って、たくさん独占しようとして、善くんは可能な限り応えてくれたけど、絶対に心だけはくれなかった。


善くんの1番は、私ではなかった。



「好きな人がいるから別れて」と言えば、善くんは迷いなく「わかった」と言った。


瞼が腫れるほど泣いたのは、私の方だった。



別れてから、善くんは女の子に誘われると、断るばかりでなく応えるようになった。誰が善くんと寝たとか、聞きたくもない噂がまわってきた。善くんに聞けば、噂を否定も肯定もせず、いつまでも彼女ぶっている私を不思議がった。



「関係なくね?」



そのとき、私は猛烈に別れたことを後悔した。



善くんのそばを離れないようにした。善くんの腰に抱きついたり、腕に胸を押し当てたり、膝に乗ったり、善くんの彼女の位置をひたすらに欲した。


善くんは心底興味がなさそうだったけど、いつか付き合っていた頃の善くんに戻ってくれるって、そう信じていた。



「善くん、今日うち誰もいないよ」

「へえ」

「ねえ、来ない?」

「んー」

「来てよ、善くん」



擦り寄って甘えるように囁けば、スマホを触っていた善くんは私を見下ろした。



「俺、より戻す気ねえよ?」



善くんの目が向いたことに恐ろしく心臓を鷲掴みにされて、あとから気付いた。善くんとちゃんと目が合うのは久しぶりだって。



「……いいよ」



付き合っていたころは、あんなにたくさん優しく微笑みかけてくれたのに。



善くんと何度か関係を持った。



彼女だったときから変わらない。行為中の善くんは容赦がない。それは独りよがりだという意味ではなく、容赦がない。冷静だし、少しの反応も見逃さないし、そもそもが器用だし、おそらくドSの気質があるせいだ。


善くんの前だと、「女の子」でいられない。取りつくろう余裕なんて与えられないのだから。



頭がおかしくなるほど気持ちいいし、善くんは死ぬほどかっこいいし、善くんの1番近くにいるという優越感があるし、善くんと快楽を共有しているという幸せで満たされる。


だから、善くんとするのが好きだ。



でも、彼女だったときとは違う。全くと言っていいほど違う。


善くんは彼女じゃない女に1mmも優しくない。



優しくないのは行為の間だけでなくその前後もだ。


行為中の善くんは何もしゃべらないし、目も合わせてくれない。服も必要最低限しか脱がないし脱がさない。前戯はほとんどしない。道具を使ったり平然と「俺は見てるから自分でして」と言ったりする。終われば即帰る。連絡は基本返さない。自惚れる隙もないほどつれない態度を貫く。


それから、気分を害せば行為を中断する。



私も一度経験がある。


善くんが、茉莉花とかいう3人目の彼女と別れてから、久しぶりにセフレ関係が再開したときだった。いや、セフレと呼ぶのも不相応か。私が誘ってばかりだし、善くんは20回に1回くらいしか応えてくれなかった。


まあ、何にせよ、煙草を吸っている善くんとキスをするのはその日が初めてだった。



「なんで煙草吸ってるの?」

「ニコチン中毒だから」

「煙草の味、苦いね。苦手かも」

「じゃあやめる?」



善くんはあっけなく私の上から下りようとする。


私は慌てて引き止めた。



「や、ちがう! ちがう、嘘だよ、嘘だから」

「いや、よくね? 普通にやめれば」

「嫌だ、」

「は? そんなしてえなら他の男呼べよ」

「善くんとしたい」

「……なんで俺としてえの?」



口をつぐんで俯けば、善くんは私の顔を覗き込んで笑った。



「いいよ、未練あるからっつって」



そんなことを言ったら、最後、二度と2人で会ってくれないくせに。



「……意地悪しないでよ」

「ごめんね? 俺優しくねえの」

「も、やだ、、」

「泣く女嫌いなんだよな」

「なかない、」

「あそ」



善くんは面倒臭そうに笑って立ち上がった。



「萎えた」




    

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