第65話

善くんと同じベッドで眠った。善くんに抱きしめられて眠ったのに、朝起きると私が善くんを抱きしめているから、いつも笑ってしまう。


身支度を整えて、朝ご飯を作っていれば、善くんが起床した。



「おはよ、いと」



癖なんだろう。善くんは、あくびを殺しながら私を抱きしめて「おはよう」と言うと、洗面所へと歩いていく。慣れていないのが丸出しな私の「おはよう」が善くんの背中を追いかける。


洗面所から戻ってきた善くんに「ご飯もうできるよ」と声をかければ、善くんは無防備な笑みを浮かべた。



「楽しみ」

「そ、んな、大層なものではないけど、」

「俺も作れねえから一緒だろ」

「善くんは天才だよ」

「いとは俺に甘くよな」



善くんは笑い、後ろから抱きつく。首筋に顔を埋めるから、髪が触れてくすぐったい。



「卵ぐちゃぐちゃになった」

「いいよ」

「お味噌汁、味が濃いかも」

「いいよ」

「ご飯が柔らかいかも」

「いいよ」

「善くんも甘いよ」



堪えきれずに笑えば、善くんは後ろから顎をすくって一度口づけた。



「わかってんのな」



ああ、善くんが甘い。



私の作る朝ご飯は平凡な味で、平凡以下の見た目だったけど、善くんは文句も言わずに完食して「うまかったよ」なんて、笑ってくれた。



善くんがお皿を洗ってくれるらしく、私はその間にメイクに取りかかる。可愛くなりたい。できるだけ、可愛く。善くんの目をいつも見つめられるような、善くんにいつでも好きだって言えるような、そんな可愛さがほしい。


鏡を見て格闘していれば、そのうち作業が終わったらしい、善くんがこっちに戻ってくる。善くんは私の後ろに座って、私の左肩に顎を乗せた。



「お皿洗ってくれてありがとう」

「おー」



鏡越しに目が合った。善くんは楽しげに笑っている。


善くんが楽しそうなのが嬉しくて、私はついつられて笑いながら「どうしたの?」と尋ねた。



「まあ、ちょっと」



善くんは簡単にかわしてしまう。深追いはしないことにした。悪いことではなさそうだしいいかと、鏡の中の自分に視線を戻す。



メイクをしている間中、善くんはずっと私の肩に顎を乗せたり、首に顔を埋めたりしていた。暇じゃないのかな? と思いつつ、意外と善くんは甘えただという事実に心臓を掴まれてしまえば、もう、手が震えないようにすることだけに集中せざるを得ないわけで。



メイクの9割が終わった。出来がいいかはわからないが、善くんに見られながらもよく頑張った! と自分を甘やかす。


最後にリップを塗ろうとして、手が止まった。善くんが後ろから手をまわして、リップの蓋を開けるのを塞いでいる。首をまわして、直接善くんの顔を見上げた。



「どうし、」



どうしたの? 最後まで言えなかった。


善くんが首を伸ばす。距離がぐっと縮まって、近付いたと思ったときにはもう唇が触れ合っている。素人である私にはどこから鳴らしてるのかよくわからない音を立て、善くんは目を細めた。



「ぜんくん?」

「んー」

「(んー…??)」



腰を引っ張られ、善くんの胸に手をついた。体勢を立て直す間もなかった。善くんはもう一方の手で頬を包んで、反対側の頬にキスをする。キスは首筋に落ちてくる。何度かついばまれて、初心者は朝から何事かと身動きが取れない。


善くんは最後に唇を重ねて、私の肩に頭を乗せた。



「俺、すげえ浮かれてるわ」



浮かれる。私の口から聞かれることがあっても、善くんがそういう状態に陥ることはないと思っていた。


私はぽかんとして、次の瞬間には胸の内側で何かが爆ぜた。爆ぜた何かは、ぎゅっと締まる感覚と、ふわふわと舞い上がる感覚を連れてくる。



「善くん、浮かれてるの?」

「浮かれてんの」

「ええ…」

「ええって」



善くんは背中を引き寄せて、体をさらに密着させる。



「……ねえ、顔見たい」

「なんで?」

「善くんが浮かれてる顔、見たい」

「は?」



善くんは笑って、至近距離で目を合わせた。



「今急に浮かれ始めたわけじゃねえけどな」



生まれた日から今日までずっと、朝起きた瞬間から翌朝目覚めるまでずっと変わることがない、善くんの美しいご尊顔を至近距離で拝ませていただく。



「……きれい」



思わず呟けば、善くんは随分と強気に笑った。



    

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