ご褒美〈いとside〉

第63話

善くんが頻繁に家に来るようになった。


好きだと言ってもらってから半月ほど経つが、週に3、4回の頻度で我が家へやってきて、土日のどちらかは泊まるというのが繰り返されている。



今日は土曜日だ。これから泊まりに来るらしい。お互いに予定があったので、夕方駅で待ち合わせて、スーパーで夜ご飯の食材の買い物をしてから私の家に帰ることになった。


待ち合わせの時刻になり、改札の前にたたずむ。今日も見目麗しいであろう善くんが現れるのを待つ。



5分も経たず、雑踏の一部に焦点が当たった。たった1人が浮き彫りになって、たった1人だけ解像度が高くなって、心臓が跳ねて、ぎゅっとする。


手を振る前に、目が合った。少し笑ってみせて近付いてくる善くんに目を奪われて、胸にあるどこかの骨が軋んだ。



「待った?」

「え、う、ううん、全然」

「つか髪切った?」

「うん、切った」



今日のお昼ごろ、美容室に行ったばかりの私は、ショートからショートになっただけなのによくわかるなと感心する。



「すげえいいね」



善くんは髪を撫で、機嫌がよさそうに笑った。



スーパーへ向かって歩きながら、歩幅を合わせてくれている隣の善くんを見上げた。


善くんはもう肩や腰に手をまわしたりしない。手も繋がない。必要以上に触れ合おうともしない。でも、歩く速度を落としてくれる。善くんのままでいてくれる。私はそこにとても優しいものを感じる。



「(幸せ者だな…)」



降って湧いた幸福を噛みしめていれば、善くんはふと目を合わせて笑った。



「なににやけてんの?」

「……にやけてた?」

「だいぶ」

「ちょっとね、今日いいことあったから」

「なに?」

「善くんに会えたのと、善くんが褒めてくれた!」



すると、善くんは横目で私を見て、「俺も今日いいことあった」と対抗する。



「え、なに??」



私と会えた、みたいな答えを期待して既ににやついている私に微笑みながら。



「大学の友達と久々に会った」



口角を下げた私を見て、声をあげて笑った。


大変無防備だ。とても可愛らしく、美しい。



「よかったですね!」

「おー」

「……え? でも待って? 今まで大学の友達と会ってたの?」

「うん」

「え、もういいの? 私と会ってる場合じゃないんじゃ……」



困惑する私に、善くんは笑いながら言う。



「いとと会ってる場合じゃねえってなに?」



家に帰ると、善くんがご飯を作ってくださる。今晩のメニューは煮込みうどんとサラダだ。嬉しい。


その間に部屋を片付けたりお風呂掃除をしたりと動き回っていれば、狭いキッチンに立つ善くんが尋ねた。



「いと、明日の朝飯どっか食いいく?」

「うーん、そうだな。でも休みだし、善くんゆっくり寝たいでしょ? 私はどっちでもいいよ」

「んー」

「うん」

「じゃあ頼んでもいい?」

「ん? なにを?」

「明日軽くなんか作って」



私は洗濯物を抱えたまま、ぽかんと口を開いた。



「作るの? わ、私が?」

「うん」

「え、大丈夫なの? 手作り苦手でしょ?」

「いとはいけるだろ」

「……そういうものなの?」



考え込む私に善くんは笑う。



「簡単なのでいいから作ってよ」



なんと無邪気な。


私みたいなちょろい人間は、善くんが笑っているならなんでもいいのだ。



「……では、明日はお味噌汁を作ります。白米を炊いて、卵とウィンナーと、あと、たまたま鮭があるので鮭を焼きます。大丈夫?」

「うん。すげえ楽しみ」



善くんは子供みたいな無邪気さで喜んだ。



並んで座って夜ごはんをいただく。美味しいし幸せだし、危うくほっぺが落ちるところだった。


ご飯を食べ終わると、映画を一本観て、善くん、私の順番でお風呂に入った。諸々の支度を終えて部屋に戻ると、時刻はもう23時近かった。



善くんは、花乃ちゃんの買ったスウェットを着てソファに寝転がり、スマホを触っていた。存分にリラックスしている善くんの姿に胸がきゅっと締まるのは、何度目か。


善くんは私に目をやり「なんで突っ立ってんの?」と笑った。その笑顔もまた、ちょっとした凶器だ。



「……お風呂上がりの善くんにはまだ慣れない」

「いつ慣れんの?」

「うーん、もうちょっと」

「あ、そ。じゃあ慣れたら一緒に風呂入ろ」

「…、」

「黙んのね」



善くんは「黙るってことは了承も同然」みたいな態度で言うので、慌てて「聞こえなかった!」とむちゃくちゃなことを叫ぶ。


善くんは昔と全く同じ顔でけたけたと笑った。



    

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