自乗〈善side〉
第60話
不意に形を掴んだ。
先に情事を見据えていないのに手を伸ばしている。壊さない手つきで、逃さない強さで触れている。殴る要領でなく暖める要領で、触れている。
ああ、これが、いつかのいとが言った、触りたいという欲求。
「──可愛いって思ったり、触りたいなあって思うんだって、好きな人には」
突っ込みたい。擦りたい。殴っているのと何ら変わりない行為で支配して、泣かせているのと何ら変わりない声を上げさせて、熱を放ちたい。
そんな野蛮で暴力的な欲とはかけ離れていた。
こんなにも平和な欲が、俺の中にあったらしい。こんなにも血の通った、穏やかな脈を打つ欲をもって、人は誰かに触れているらしい。
「──…俺、いとに惚れてんの?」
「触りたい」と「会いたい」と「失いたくない」と心臓の中心で思う「可愛い」を足せば、生まれて初めてその形を掴む。
「…多分、相当好きだわ」
いとは、したくないこと、できないことはしなくていい、と言った。そんなことをしなくても、いとは俺のものだ、と。
鎖骨の下が痛んだ。
泣く女は苦手なのに、変なことを思った。
──愛しい、って。
泣きじゃくるいとを抱きしめていれば、いとは不意に身じろぎをして、俺の首に腕をまわした。互いの鼓動が聞こえ合うような距離で密着して、照れ臭そうに笑う。
「善くん、さっき、こうやってたから」
こうやってたからこうしてほしいのかな? って?
いとの言葉の続きを想像すれば、いや、想像せずとも可愛くて、もしくは、ただ、いとの香りが、温度が、肉体が、ぐっと近付いたせいで。
「……まじか」
「え?」
「あー、まじかよ」
「え、あ、い、嫌だった?? ごめ、」
「やめんな」
腕を緩めようとしたいとの背中を引き寄せて、より強く抱きしめた。でも足りない。さらに強く抱きしめる。それでも足りない。いとの首筋に顔を埋める。ああ、でも全然足りない。
余計渇きを感じるなんて、どうなってんだ。
善くん? と困惑したようにいとが俺を呼ぶ。上目で窺った。目が合えば抗えない。顔を寄せる。一度口付け、離れる。
いとは固まった。それくらいじゃ止まれない。
再び距離をなくす。角度を変えて唇を重ねるだけの短いキスを繰り返す。いとの気配で埋め尽くされた部屋に、リップ音だけが響く。頬を包んだ。耳を撫でた。背中を引き寄せて、腰をなぞって、体を押し当てて、重心を崩して、床に倒して。
「──…は、」
抱きしめる。
「……勃った」
キスをしたくらいで、それも、軽いキスくらいで、どうしようもなく、熱があがった。
突っ込んで、擦って、あの暴力的行為を敷きたいとは思わないが、繋がりたいと思う気持ちがあって、それが一点に集まって熱となっているようだった。
繋がりたい。また、新たな欲の形を見つけた。
本能的にいとの下半身に押し当てながら、いとの首筋に顔を埋めて息を吐く。匂い。柔らかさ。感触。温度。刺激するものは、そんな取るに足らない何かだなんて、笑ってしまう。
繋がりたいが、泣かせたくない。暴力性を孕む行為で殴りたくない。相反する気持ちが引き合って、ひどく、もどかしい。
上体を立て、唇をついばむ。何度かそうしていれば、ぼんやりとしながらもただただ困惑しているような目線と絡んだ。涙で濡れ赤くなった目の奥に不安を見つければ、自ずと、不安を取り除くように髪を撫でている。
「しねえから」
すると、いとは弱く首を横に振った。
「……ちがう、」
「ん?」
「しないの、わかってる。善くんが嫌だって思うこと、私もしたくない。でも、違う」
「うん」
「……まだ、反応、してる?」
「うん」
体を押し付ける。
「わかんねえ?」
衣服越しに触れ合って、行為の疑似体験をしているかのような格好になる。
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