第59話

疑問符が消えないのは私だけだ。


私が足りないとは一体どういう状況なのか。どうしたらその不足はなくなるのか。頭を捻っても、答えらしい答えが出てこない。



善くんの立場に立って考えるとするならば、私が「善くんが足りない」と悩むいうことになる。


でも、私の場合それは、会いたいとか、好かれてみたいとか、頭の中が私でいっぱいになってみてほしいとか、不純物にまみれた気持ちの悪い欲望に帰着しそうなので、善くんとは180度違いそうだ。



善くんは、おそらく、私が足りないというよりも、「連絡を断たない」という誓いに対する信頼が足りないのではないだろうか。


その答えへ行きつくや否や、信頼を取り戻すため説得を試みようと顔を上げた。



そのときだった。


何かを考えるようにぼーっと掴んだ手を見下ろしていた善くんは、不意に、ゆるく指先を絡めた。



「……善くん?」



善くんは、まるで確かめるように肌を撫でて、次第に、互いの体温がなじんでいく。善くんの目が体を辿って、視線を絡め取られて、呼吸を止められて、世界中の音が止んだ。


ゆっくりと顔が近付いてくる。



「……なあ、これ?」



善くんの顔が私の肩に乗った。



「──…触りてえっつうの、これかよ」



あまりに切ない声だった。



「俺、いとに惚れてんの?」



瞬きをするのも忘れた。


時間が止まって、心臓が止まって、2人きりの部屋で、右肩に感じる善くんの熱ばかりが生きている。



善くんは面白くなさそうに笑うのだ。



「いととは恋愛したくねえんだよ。彼女扱いもセックスも、殴ってんのと一緒で、痛めつけてんのと一緒で、そんなこと、いとには絶対したくない。……したくねえのに、おかしいだろ」



目の奥が熱くなる。



「いとに触りたい」



胸の奥がぎゅっと締まる。



「いとは全部、俺のもんがいい」



突き動かされるように、善くんを抱きしめた。



善くんは王様だなんて、雲の上の人だなんて、バカなこと。


善くんだってただの1人の男の人なのに。



「ねえ、じゃあ、やめよう? したくないことはやめようよ。彼女扱いもエッ…、そ、そういうのも、もう全部やめよう。したいことだけしよう。できることだけしよう。一つも欠けたらだめな理由なんてないよ」



抱きしめたい。強く、強く抱きしめたい。善くんが腕の中で微睡める温度で、善くんが安心できる優しさで、善くんがもう嫌だって思いながら「いいよ」って言わなくて済むように、抱きしめたい。



私にも、触れたいという気持ちはわかるよ。


これはすごく一途な愛情だと思うんだ。



「大丈夫。だって善くん、知ってるでしょ? 彼女扱いしなくても、大人な関係にならなくても、とっくに私の全部は善くんのものなんだよ?」



王冠を被っていない善くんにこそ、完全無欠でない善くんにこそ、私は私の全てを明け渡している。



しばらくして、善くんは顔を上げた。


綺麗な顔が人間らしく不安に侵されている。



「大事にしたい」

「うん」

「傷付けたくない」

「うん」

「……多分、相当好きだわ」

「…、」

「──…は、」



善くんはようやく笑って。



「今泣くのかよ」



笑いながら、私を抱きしめた。


暖かい腕の中。力強い腕の中。善くんの香りに包まれる。善くんの鼓動が聞こえる。善くんの熱が移ろう。ここは優しい。ここは、愛しい。



「善くん、好き」

「うん」

「大好き」

「うん」



善くんは、機嫌がよさそうに笑って、「一緒だよ」って言った。



「うれしい、」

「うん」

「一緒なの、うれしい」

「うん」

「頑張ってよかった…」

「うん」



頑張ってよかった。好きって言ってよかった。間違ってなかった。もう後悔しなくていいんだ。もう自分を怒らなくていいんだ。


すると、善くんは「ありがとう」なんて言うから、過去の泣いていた私が一度に報われた。




[迂回路の道すがら]



   

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