第58話
結婚ってなんだっけ? 友達ってなんだっけ?
ぐるぐると考えて、考えて、考えて、また私の下心を怖がっているのかなというところに行きついた。
私の告白を断れなかった善くんが、何をしたか。善くんが、本心に背いてキスでも何でもできてしまったことを、私は忘れてはいけない。
「……一緒にいたいとか、会いたいとか、それはわかるよ? 私はそれを好きだからだと思った。だから……善くんにそう言ったんだけど」
「うん」
「でも、そういうのは善くんの方が知ってるよね。善くんがその言葉を使わないってことは、多分、善くんのそれは恋愛感情じゃないってことだよね」
「うん」
「……じゃあ、結婚は違うんじゃない、かな?」
へらへらと笑いながら、離してという意味を込めて善くんの二の腕を押せば、
「俺、いととは恋愛したくない」
初恋の人にふられた(2回目)。
もう何が何だかわからないし、念押しみたいにふられるし、善くんは離してくれないしで、考えるのをやめたとき、善くんは私の両手を繋いで私の肩に頭を乗せた。
「いとのことは大事にしてえから、付き合うのは嫌だ」
善くんの言っていることは難しい。
「彼女じゃねえとだめなの? 当たり前みてえには会えねえ? いとに梶みてえなのできんのも嫌なんだけど、それも友達には権限ねえんだろ? じゃあやっぱ、彼女じゃねえとだめなのかよ。けど、彼女ってどうやって大事にすんの?」
もしも私が恋愛経験が豊富だったなら、善くんを今、抱きしめられたのだろうか。
おそらく、私の想像する「彼女」と善くんの「彼女」が違いすぎるんだ。私は善くんは彼女を大切にする人だと思っているが、実際のことは本人たちにしかわからないんだろう。
「善くん、ちょっと落ち着こう。善くんは大事にできないって言うけど、善くんのことを忘れられないって言ってる女の子、私は知ってるよ」
「……梨花?」
「や、ちょっと、あの、名前は明かせない、けど」
「あいつあれだろ、相性がいいとかだろ」
「い、いや、わからないけど、きっと、決してそればかりではないよ、全然」
「あいつ直接そう言ってっから」
「あ、そう、なんだ、、」
大人な恋人は、なんか、すごいな。
素人では手も足も出ない。
「いや、いやいや、そうじゃなくて! 善くんが大事にできてなかったなら、彼女もそんなことは言わないでしょ? 私だったら、ひどいことしてきた人には頼まれたって会いたくない。よりも戻したくない。ね、そうでしょ?」
「いや、」
「いや、じゃないの。そうなの。ね?!!」
「はい」
「善くんの気持ちは善くんにしかわからないけど、善くんが雑に扱ったつもりでも、例えば私が、大事にされたって思うんだったら、それは大事にされてるんだよ。善くんさえも否定できないんだよ」
「ね!?」と言えば、善くんは「はい」と頷く。
「1個ずつ考えようよ。こういうのは1人で考えたってどうにもならないんだから」
「はい」
「1つ目。会う頻度? の話だけど、私は基本的に暇なので、善くんが会いたいときは大体会えます」
「それ言質ってことでいい?」
「い……いい、よ?」
いいのか……?
「ふた、2つ目、梶くんみたいな人……というのは、おそらく彼氏とかそういう人のことだと思うんだけど、そんなものはできない」
「なんで?」
「四半世紀も生きてきたのでわかる。できない」
「彼氏いるんじゃねえの?」
「え? ……あ! そうだ!! あ、あれは、その、はっ、はったりで……」
「だろうな」
「だろうな??」
微塵も彼氏がいた発言を信じていなかったらしい善くんは、私の嘘などもはやどうでもいいようだ。
善くんはじっと私の目の奥にある本意を探ろうとする。
「できたとして作んのか作らねえのか聞いてる。問題はそこだよ」
「できたとして……?」
「作んなくていいだろ? 彼氏としてえことは全部俺とすればいい」
私は生まれて初めて考えた。彼氏など私にはできない。なぜならばブスだから。スタイルも悪いし、気も利かないし、いい子じゃ……あ、やめよう、悲しくなってきた。
でも、彼氏ができたとして私は彼氏が欲しいのだろうか。欲しいならばなぜ? 彼氏ができたらしてみたいことは何?
そんな自問を生まれて初めて抱いた。
「……私、彼氏と何をしたいの?」
「知らねえよ」
「うーん、多分、特にない」
「じゃあ作んなくていいよ」
「うん、そうだね。いいや」
善くんは何か言いたげに私を見ているが、何も言おうとはしなかった。
「では、まあ、3つ目。私はもう連絡を断たない。自分勝手だったって反省したからもうしないよ」
「うん、一旦は信じることにしてる」
「一旦はね。ありがとう」
「でも、いとがそれをできねえ理由はねえじゃん」
「あるよ」
「なに?」
「善くんが悲しむから」
成人式の日、善くんへの気持ちを早く消さなければと焦って、幼い私は連絡を断った。でも善くんたちはそれを怒った。善くんなど、ことあるごとに「もう次はするな」と念を押してくる。だから、もうしない。二度としてはならない。
善くんはじっと私を見つめ、うん、と頷いた。私も力強く頷き返す。
「ということで、現状何も問題ないんだよ。結婚なんてしなくていいんだよ」
善くんの肩を宥めるようにぽんぽんと叩いた。
善くんは「そうだな」なんて言って、「彼女と別れたショックで思考回路が狂ってたみてえだわ」なんて言って、2人で顔を見合わせて笑って、この話題は終わるはずだった。
でも、違った。善くんは笑わなかった。
私を見つめたまま私の手を掴んで、ぎゅっと、ぎゅっと強く握りしめるから、思わず息を止めた。
「現状じゃ足んねえわ」
善くんの澄んだ瞳の中に自分を見つける。
「なんでだろうな。全然足んねえ」
「……何が、足りない?」
いと? 善くんは疑問符をつけて呟いたあとで、
「うん。いと」
はっきりと言い直した。
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