第52話

数歩近付いて、私の隣に腰を下ろした。


私との間に人1人分の距離を開けて。



「無関係のやつが口挟むな。向こう行ってろ」

「善くんがあっち行けよ」

「飛鳥紹介してほしいんだっけ?」

「大我くんとこ行けばいいんだな??」



洸くんは晴れやかな笑顔を浮かべて、大我のところへと駆けていった。


洸くんは飛鳥さんという方を好きなんだろうか。彼女が3人いるのに。無関係で恋愛素人の私は修羅場を連想して、なんとも言えない気持ちになる。



洸くんが去ると、波の音が急に大きくなったように感じた。善くんのいる右側に意識が集中して、触れてもいないのに熱くなって、やっぱり自分が心底気持ち悪い。


私は手持ち無沙汰で、使い終わった花火に触れた。



「さっきの洸の話だけど」



不意に善くんは話し始めた。


その声は静かなのに心臓が大きく揺れ動いた。



「俺の中でその2つは一直線上になくて、堺があるものだとも思わない。そんな曖昧な違いじゃないし、そもそも次元が違うと思ってる」

「……そっか」

「いとは、友達の方。落ち着く方。安心する方。大事にしたい方。……彼女とかそういうのは、別。あっちはなんか、酒とか煙草みてえな、ああいう感じ」



お酒や煙草……。嗜好品ということだろうか、と考える頭の片隅に、大我の言葉が思い浮かぶ。


──だって善ってちょっと、女だめじゃんか。



善くんは私と目線を絡ませた。防犯灯を映して、瞳の中が輝いて見える。



「だから、いとに応えられなかった。いとのことを彼女にするやり方がよくわかんねえ。彼女のいとに何すればいいかもわかんねえ。だから、断った」



波が打ち寄せて、車が走り抜けて、大我と洸くんが笑って、雲が動いて、月が顔を出して、善くんが目を逸らして、それでも変わらず、気持ちの悪い私はまだここにいた。



好きだな、と思った。


善くんが欲しいとか、彼女になりたいとか、善くんに好かれたいとか、善くんに触れたいとか、そういう欲ではなくて、ただ「好きだな」と思った。



「彼氏とか彼女とか、そんなの窮屈だよ。彼女役なんて私にはできないし、善くんにも彼氏役は似合わない。ぜんっっぜん、似合ってなかった!! だからいらない。善くんはもう悩まなくていい」



見失っていた、本当に大事にしたかった気持ちを見つけて、霧が晴れたみたいだ。


私は安堵する。善くんに「いらない」が言えて、「善くんもういいよ」を伝えられて、安堵する。



「善くんは変わらなくていい。今まで通りでいい。好きな名前で呼んでよ。友達でも幼馴染でも、そんなのなんだっていいんだから。善くんが私をどう呼んだって、私にとって善くんはどうせ善くんでしかないんだよ。どうせ大事で、特別で、人として大好きなままなんだと思う」



月明かりが眩しい。


そんな夜に不相応だ。



「ね?」

「……うん」

「うん!」



静かな、寂しい、孤独で、ちっぽけな、されど明るく、美しい夜に2人並んで。



「……大事ってのは、一緒」

「そっか」

「けど、会いてえんだよ。いとが俺のこと好きでも、俺が応えられねえままってわかってても、それでいとが傷付くって知ってんのに、それでも、」



善くんがどうしようもなさそうに笑えば。



「──…いとに会えねえの、俺は慣れなかった」



指先が触れ合って。





[不相応な微熱]


    

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