第51話

帰り道、「彼女がいるんでしょ? おめでとう」と伝えれば、善くんは、他人への祝福を代わりに受け取ったかのような態度で「どうも」と笑った。



「綺麗で素敵な人だとの噂ですが」

「まあ、そうなんじゃないですか」

「おめでたいね。善くんとお似合いなんだろうな」

「どうだろうな」



そこで私はとても重大なことを思い出した。善くんは忘れているだろうか。そうだしたら絶対に伝えなければならない。



「ねえ、善くん善くん、今年引いたおみくじの内容覚えてる?」

「大吉」

「大吉だけど、そうじゃなくて、恋愛のところに、絶対その人、みたいなことが書いてあったんだ」

「よく覚えてんね」

「うん。だって嬉しくない? 善くん的にめちゃくちゃいいのはその彼女だよーって神様からのお告げだよ? 神様の太鼓判!」



はしゃぐ私とは対照的だ。善くんは「へえ」と他人事のように呟く。



「いとにやったから、俺へのお告げじゃねえわ」

「善くんが引いたから善くんのだよ」

「譲渡っつうのはそういうことだろ」

「私受け取り拒否してるから、まだ譲渡は成立してない」

「拒否すんなよ」



善くんの無防備な笑みが、暗がりではよく見えない。



海に戻れば「遅え!」と大我と洸くんに怒鳴られる。



「どこまで行ってんの? 腹ペコなんだけど!」

「お盆って混むの知らねえの?」

「この辺がらがらじゃねえか」



そのあとは、食べたり飲んだり花火をしたり、思い思いに自由気ままに遊んだ。


私が手持ち花火を楽しんでいれば、隣に洸くんが座った。洸くんは、善くんに似たり寄ったりな懐こさで私の腰を抱いて、至近距離で私に微笑みかける。



「……近いね?」

「うん。善くん釣ってんの」

「釣れないと思うな」

「まあ、釣れなくてもそれはそれでいいんだけど」



洸くんは屈託なく笑うと、腰を抱いたままもう一方の手で花火に火をつけた。



「ねえ、いと、善くんとなんかあったの?」

「……ないよ?」

「なんかあったときの間じゃん、それ」

「いや、ないよないよ、一個もないよ」

「善くん彼女いんだけどさ、彼女にペアリング贈ったんだよ」



ペアリング。


言葉の意味を知らないはずがないのに、咀嚼に時間がかかる、あまりに不自然な自分が、心底気持ち悪い。



「傷付いた?」

「──なんで? ただの友達なのに」

「へえ、そっか」



洸くんは納得したように頷いてから「つまんないね」と息を吐いた。



「善くんが結婚したらさ、いと、本格的にもう善くんに会えないね」

「そうだね」

「悲しい?」

「悲しいというか、寂しいかな? 友達に会えないんだから」

「友達なのに結婚したからって会えなくなんの、おかしくね? 男の友達とは変わりなく付き合えんのにさ。なんで善くん、そんな位置に置いときたがるんだろ。だってどうしようもねえじゃん、善くんは男で、いとは女なんだから」



そういうとこ合わねんだよなあ。


洸くんは息を吐く。



「友情と恋愛は違うから仕方ないんじゃない?」

「恋愛なんか錯覚って言うじゃん」

「……錯覚なの?」

「結局1番! ってことでしょ? 恋愛は。1番好き。1番大事。1番優先したい。みたいなさ。友情と恋愛の境なんて思い込みだし、日によって変動するもんじゃん」



洸くんは「そうだよね?」と私の頭の上を見て笑った。視線の位置がおかしいことに気付き、振り返れば、私の後ろに善くんが立っている。



「ほら、釣れたでしょ?」

「釣れてねえわ。やること安いんだよ」

「でも来たじゃん」

「花火をしたくなった」

「花火はもうありませーん」

「あ? しょうもね」



善くんは踵を返す。


その背中に洸くんは声を張った。



「ねー、善くんの友情と恋愛の境ってなに?」



善くんは立ち止まり、どちらに進むか迷ったのだろう、しばらくすると、髪を乱して体の向きをこっちに向けた。



    

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