頼りない〈洸side〉
第46話
7歳上の兄・善くんは、俺にとって憧れだった。
善くんがサッカーをしていたのでサッカーに憧れ、善くんが可愛い彼女を連れていたので可愛い彼女に憧れ、善くんは浮気しないので浮気をしない男に憧れ、善くんが遊んでいるので遊ぶことに憧れ、善くんが煙草を吸っているので煙草に憧れた。
でも、サッカーはきついし、女は思ったより可愛くないし、行為は気持ちいいけどそれ以外は面倒だし、煙草は全然うまくないし、善くんはそれほど完璧ではなかった。
今夏、帰省した善くんの右手の薬指にはペアリングがはまっていて、それに気付いた母は大はしゃぎした。詳細を明かすよう迫られて、善くんは面倒臭そうに笑う。
母に絡まれるのが面倒なら外せばいいものを。というか、彼女の目がないのだから外せばいいものを。
「善くん、なんで指輪なんかしてんの?」
「わかんねえ」
夕方の庭で、善くんは煙草を咥えたまま笑った。
「まだ煙草吸ってんのね。そんなうまい?」
「まあまあ」
「彼女に言ってやめんの手伝ってもらったら?」
「手伝うってどうやって?」
「口寂しくなったらちゅーしてもらう」
すると善くんは、はは、と声を出して笑ったかと思うと、「なるほどな」とにやにやとする。……バカにしているらしい。
母親が喫煙に反対なので、喫煙する人は夏でも冬でも容赦なく家から追い出される。今のところ、我が家で唯一の喫煙者の善くんは、庭で座って煙草を吸っている。
俺はその横に腰を下ろし、久しぶりの善くんと雑談を楽しんだ。
「なあ、善くん結婚すんの?」
「したくねえ」
「したくねえの?」
「毎日会うのはきついだろ」
それが醍醐味なんじゃねえの? と思うが、善くんは人がいると寝れないから、仕方ないのかもしれない。
いつだったか、彼女と泊まりのときはどうしているのか聞けば「ヤる」と即答された。疲労に頼れば眠れないこともないのだという。
「でもさ、指輪まであげて、彼女がもし結婚したいって言ってきたらどうすんの?」
「なんとかなるだろ」
「結婚する方向で?」
「しない方向で」
「うわ、ひでえ」
けらけらと笑えば、善くんは悪びれもせず「どうしようもねえよ」と笑った。
善くんの、自分とよく似た、でも俺にはない大人っぽさを含んだ横顔をじっと見ていれば、善くんは俺を横目に「何?」と紫煙を吐いた。
「善くん、昨日いとといただろ」
善くんの涼しげな目が、少し大きくなった。
そうだ、俺は見たのだ。昨夜の地元開催の花火大会で、善くんといとが一緒にいるところをしかと見た。2人が今も仲良しだとは思わなかったから、俺は開いた口がふさがらなかった。
「洸も祭り行ってたの?」
「まあね。彼女が浴衣着るっつうなら行くよな」
「あー、あれ断りづらいよな」
「いや……は? 普通に見てえだろ」
「浴衣を? 全然わからん」
善くんはしれっと「何着てようがどうでもいいわ」と言ってのける。
「それぜってえ嘘。だせえの嫌でしょ? あんま派手すぎんのも嫌でしょ? 肌見せすぎてんのも嫌でしょ?」
「あー」
「やっぱワンピースとかスカート系着ててほしいとかあるじゃん」
すると、善くんの脳は前触れもなく誤作動を起こした。ぴたりと動きを止め、しばらくの間静止していたが、不意に項垂れた。
「完全お前のせい。余計なこと思い出した」
「え、なに?」
「まじ可愛かった」
「え、なに? なんなの??」
「くっそ可愛かった」
「何だよ、だから! 可愛かったしかわかんねえよ」
善くんは片手で頭を抱え、苦笑する。
その指に挟んだ煙草から白い煙が上がっていて、夏の呑気な庭の景色とあいまって、なんだかものすごく感傷的な絵に映る。
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