隠し事〈良香side〉

第45話

いとが善くんにふられてから半年ほど経った。



お盆に行われる地元の花火大会にいとと花乃と行くことになった。いとは少し遅れるらしく、花乃と先に2人で会場に赴けば、懐かしい顔ぶれがいくつか見つかる。その中には善くんの姿もあった。


私は善くんとは高校からの付き合いだけど、花乃やいとは小学校からの付き合いで、特に花乃は、こんなにも綺麗な人に遠慮のない物言いをするから、今でもなお驚いてしまう。



「善たちって集まるの好きね」

「家にいてもすることねえだろ」

「彼女はいいの?」

「向こうも実家帰ってっから」



年月を経て、高校生のときは美青年という感じだった善くんに大人の色気が加わって、善くんは「綺麗な男の人」という印象に変わった。


今宵も眼福だと、男の人っぽい彼の腕や手や指を観察していれば、気付いてしまう。



「(指輪……)」



善くんの右手の薬指に指輪がはまっている。


脳裏にいとの笑顔が浮かんだ。



去年の12月にいとは善くんにふられた。いとは一切泣かず、話を聞いても「貴重な経験をさせてもらった」としか言わないので、実際に何があったのか、いとが何を思っているのか、全くわからない。


でも、わからなくてもわかる。この指輪はいとがきっと悲しんでしまう。



善くんといとは高校生のころから不思議な関係だった。人前でべたべたするわけではないのに、善くんのお気に入りはいとだとよく伝わってきた。


名前を呼ぶ声が違うから。浮かべた表情が違うから。話し方が違うから。いとの前だと無防備になるから。いとに触れる手がいやらしくないから。


余程の鈍感でない限り、善くんの全てから、いとのことが大切なんだと感じ取ると思う。



でも、彼女にはしなかった。いとの好意には応えなかった。



「(不思議な人……)」



新たにできた彼女もとんでもない美人だと噂の善くんは、友達と群れて花火大会を楽しんでいたが、花火の打ち上がる30分前くらいになると集団を抜け出した。彼は、隅の方で立ったままたこ焼きを食べている花乃と私の前に立つ。



「いとは今日、来ねえの?」



街灯の下で見る善くんもイケメンである、などと思いながらぽーっと見つめる私とは違う。さすが小学校からの付き合いというべきか。花乃は目も合わせず突き放した。



「気にしなくていいよ」

「来んの?」

「中途半端に関わるのやめてよ。気持ちもないのに関わらないで」

「電車で?」

「彼女のことだけ考えてなよ」

「……まあいいわ」



善くんはスマホを触りながら駅に向かっていく。


善くんを見送りながら「あんな言い方しなくても」と呟けば、花乃は苦虫を嚙み潰したような顔でたこ焼きを食べながら言った。



「ムシがいいんだよ。彼女はいるけど、いとは友達としてそばにいてほしいって、自分だけ理想を押し付けるなんて、そんなの、いとがどんな思いでってなるじゃん」

「花乃……」

「もう子供じゃないんだからさ」



花乃は嘲るように笑う。


でも、一歩も動かなかった。本当は、もうそろそろしたら、花乃と私でいとを駅に迎えに行く予定だったけど、善くんが行ったから、花乃も私も動かなかった。



そのうち、いとから連絡が来た。善くんと合流したのだろう。「これから会場に向かう」という簡素なメッセージだった。


いとは、花火が打ち上がる5分前に到着した。



「花乃ちゃん、よっちゃん、久しぶりー」



いとは陰りのない笑顔を浮かべている。後ろには善くんの姿。2人は、もうわだかまりや気まずさのない雰囲気だったから、私は勝手にほっとする。



「善くん、迎えに来てくれてありがとう。大我のいる場所わかる?」

「わかんねえ」

「え、嘘、もう花火始まるよ。探そう」

「いいよ。大我と花火見たい欲ねえから」

「善くんの「いいよ」は怪しいもんなー」



いとはからかうように笑って、善くんは表情筋の全てを緩めたような笑みを見せる。


いとは「大我を探そう」と言って「ちょっと行ってくるねー」と私たちに手を振った。2人は並んで人混みに向かって歩いて行く。



「まじでいいって。それより屋台行こ」

「屋台? え、でも、花火が」

「どっからでも見えるだろ」



私はぼーっとそんな2人を見ていて、突如としてはっとする。


目を見開いて、花乃を呆然と見つめ、至極鬱陶しそうな花乃の肩にすがりつく。



「花乃…、花乃…! 私、とんでもないことに気付いてしまった…!!」

「なに?」

「善くん指輪外してなかった…!?」



花乃は、「指輪?」と眉を寄せた。



「指輪してたじゃん! 右手の薬指に絶対ペアリングじゃんみたいな指輪してたじゃん! でもさっきはしてなかった。ねえ、してなかったよね??」

「いや、知らない。善の指なんか見てない」

「見ようよ…!」



善くんが仮に、仮に指輪を落としたのではなく、外したのだとすれば、それはどうしてだろう。落とすと思った? この人混みで落としたら終わりだと思った? でも、急に? この時間になって急に思う??


善くんは、ただ、いとには見られたくないと思ったのではないだろうか。いとには見られたくない。それは、どうして?


ねえ、いとが傷付くから、なんて、そんな綺麗な思いやりじみた気持ちでごまかしたりしないでしょう。





[隠し事の思惑]


    

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る