雲を掴む〈梓side〉

第44話

始まりは、同僚と迎えた3度目の夜。


「付き合う気あるの?」と尋ねれば、煙草を咥えた善は背中を向けたまま笑った。



「付き合いてえの?」

「曖昧な関係は嫌いなの」

「あー」

「付き合わないなら次は寝ない。どうする?」



善は煙草を灰皿に押し付け、ベッドに戻ってくる。



「ちょっと、はっきりして。どっち? 私と付き合うの?」

「うん」

「……彼女できるの、いつぶり?」

「4年とか5年」

「嘘でしょ」

「ほんと」



善は笑って、慣れたようにキスを重ねながら私を押し倒す。



「……ねー、善って意外と遊んでないよね」

「意外と、ね」

「その気もない子とはえっちしないとか言う?」

「そうかも」

「そうかもって……はぐらかさないでよ。私、ずっと好きだったんだよ? 気付いてて何も言わなかったのなら、善はほんとひどい」

「うん。ごめんな?」



善の手が髪を撫でて、甘やかすみたいに舌と舌を触れ合わせながら、足を開いて再び入ってきた。



「善、ぎゅってして」

「いいよ」

「好き?」

「うん、好き」

「…、」

「…は、締まった」



善はキスの狭間で「好きだよ」と囁く。甘くて激しくて気持ちよくて優しい、善との夜にずっと囚われていたい。



同僚が仕事終わりに私の彼氏になる、その瞬間が、とてつもなく好き。ジャケットを脱いで、腕時計を外して、ネクタイを緩めて、私を抱きしめて、深い深いキスをする。激しいだけじゃないそのキスは、善の経験値を垣間見せて、善の触れる場所の全てが気持ちよくて、頭が真っ白になって、いつも、気付いたら繋がっている。



「好き」と言えば、善は「俺も」と甘く囁いて。


「可愛いな」と低く掠れた声でとろかすの。



冷静に私の反応を窺って、弱いところを攻めて、そうじゃないところも弱くして、熱を上げて、でも、繋がったあとは理性が半減して、善の快楽のために多少強引になって、容赦がなくなって、眉を寄せて堪える顔がたまらなく色っぽい。



連絡もまめだし、女の子が1人でもいれば「飲み会に行っていいか?」と尋ねるし、「会いたい」と言えば何時だろうと会いに来てくれるし、デートも旅行も私の行きたいところに連れていってくれるし、「好き」と「可愛い」は、嫌というほど伝えてくれるから、満腹だ。



料理をしようとすれば、キッチンにやって来て料理の間中後ろから抱きしめてたり、「俺がするよ」と代わってくれたりする。夜の方は一晩に何度も求められて「もう無理」と胸を押すと「俺がまだだろ?」と微笑まれる。

  


こんな最高な彼氏、他にいるのかな?



善に肩や腰を抱かれると、「俺のもの」と言われている気がする。目を見て「可愛い」と言われると、「愛しい」と囁かれている気がする。飲み会の帰りに迎えに来てくれたり、電話に何時間も付き合ってくれたりすると、愛されてるな、と思う。


善の気持ちはわかっている。



でも、月日が経つうちに、甘くて優しいだけでは足りなくなる。重いものも汚いものも全部、欲しくなる。全部。そう、善が隠しているものも、私には見せないものもひっくるめて、全部。



例えば、換気扇の下で煙草を咥えながら遠くに投げた目線の先にいるのは、私ではないように思う。スマホを触っているときに考えているのは私ではなくて、人混みの中に探しているのは、ベッドで抱きしめているのは、私ではないように思う。


これを、女の勘というのなら、間違いではないんでしょう。



「ねえ、善、私のこと好き?」

「好きだよ」

「ほんと?」

「なに? また不安になったの?」



善は私が不安がるたびに、私を膝の上に乗せて、私を甘やかすだけのキスをして、ぎゅっと抱きしめて、「梓しかいねえよ」と甘く囁く。


じゃあ、ペアリングが欲しい。


そう言うと、善はためらいなく「いいよ」と言うの。






[雲を掴むことはできない]


    

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