第43話


昔……確かあれは、まだ中学生のころだった。俺は善に「いとと付き合わないのか?」と尋ねたことがある。善は、「そういうのじゃねえんだよ」と答えた。



「じゃあどういうの?」

「友達っつうか、男と女じゃねえっつうか、なんかそういうの」

「今の感じみてえな?」

「俺はこのままがいい」

「でもずっとはむずくね? いとに彼氏ができたり、それこそ結婚でもしたら終わりじゃね?」

「いとに彼氏できんの?」

「いつかはできるだろ」

「想像つかねえわ」



まあ、なるようになるだろ。


善はそう言って、存外無邪気に笑うのだ。



それから10年近く経った。


いとと5年ぶりに再会して、数が月後の秋。



「いとと付き合うことになった」



善は前言を撤回した。


俺は盛大に口を開いた。



「……え、な、なななんて?」

「いとと付き合う」

「まじかよ!?!?」



ビールを傾ける善は変わらず綺麗で、変わらず涼しい顔をしているが、手放しに喜んでいる様子はない。「よかったな」と言っていいのか迷って、飲み込む。



「……善が付き合ってっつったの?」

「そんな感じ」

「(どんな感じ?)」



善は俺の口を塞ぐように、俺の目を見て微笑した。


俺はもう何も言えなかった。



結局ひと月もせずに別れた。友達に戻った、らしい。


善は2、3年ほど本数が落ち着いていた煙草をまた何本も吸うようになって、春には新たな彼女を作った。



善は彼女ができたら、多分女の子からの誘いを断る意味を込めて、友達や飲み仲間に広く伝える。いとのことは俺以外には一切を伏せていたから、善が飲みの場で「彼女」と言うのは、永野先輩と別れて以来、実に5年ぶりのことだった。


梨花をはじめとした善を狙っていた女の子は、ことごとく散っていったが、まあ、そんなことはよくて。



「なんで彼女と付き合うことにしたの?」

「好きだから」

「……対彼女用の答えはいいから」

「顔が可愛いから。相性いいから。これしてあれしてってすげえ言うからわかりやすいから」

「そんな女山ほどいただろ、今までも」

「さあ。覚えてねえな」



善はまた、他人事みたいな熱量を言動でごまかす恋愛を始めた。


それをいととはできなかった。そういうことじゃねえのかよ。



「いとのことはいいの?」

「いとはもう二度と連絡断たねえっつってる。一応はそれを信じることにした」

「いとと結婚すれば、一生離れずに済むぞ。そしたらいとのことずっと見張ってられるんじゃねえの?」

「結婚って友達のままできんの?」



できんのならそうするけど。


善は嘲笑いながら煙草を燻らせる。







[変化と変容]



     

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る