第41話

例えば、大学3年の梅雨どき。


茉莉花ちゃんと別れてフリーになった善の下宿先の部屋でだべっていた。



「なー、善、実際のところさ、お前って何人元カノいんの? 1億人?」

「3人」

「3人??? ……え、経験人数3桁のくせして?」

「3桁はねえと思うけど」

「多分3桁だよ、お前は」



経験人数3桁の善が付き合ったことのある、たった3人の彼女というものに、どうしようもなく興味を引かれた。


「写真ねえの?」と尋ねれば、基本的に割とお願いを聞いてくれる善は、スマホを触り始めた。覗き込めば、グループLINEのアルバムを漁っている。



「これ、1人目」

「可愛い! え、可愛い! お目目くりくりじゃなですか! この方、お付き合いされている方はいらっしゃるんですか?」

「いねえんじゃねえの。会うたび、寂しいっつってる」

「おま……思いっきり誘われてんじゃねえか」

「まあ、俺の方はねえわ」

「なんで別れたの?」

「他の人を好きになったとかなんとかだったような」



それから、また別のグループLINEのアルバムを探して、1枚の写真が俺に見えるように角度を調節する。



「2人目」

「可愛い! え、可愛い! ハーフの方ですか? 最高に可愛い! この方、お付き合いされている方はいらっしゃるんですか?」

「いるんじゃねえの? 前、悪い男に引っかかって時間無駄にしてるっつってたし」

「え、それお前のことじゃね?」



善はどうでもよさそうに笑う。


茉莉花ちゃんといい、元カノは綺麗どころばかりだ。



「よくわかった。善は面食いなんだな」

「可愛いってこういう顔だろ?」

「そういう顔だけれども」



なんか違うんだよなあ。俺らが女の子に対して「可愛い!」って思う感じとは。


俺たちはめちゃくちゃ主観的に「可愛い」を味わっていて、善はめちゃくちゃ客観的に、表層的に「可愛い」を判断している、というか……。



ここまでの綺麗どころを元カノとして紹介されれば、自ずと気になるものである。


元カノでも今カノでもないようだが、善をひどく人間らしくする「いと」の顔面とは如何?



「“いと”は? 写真ねえの?」



この時点ではまだ「いと」が男とも女とも判断がついていなかったから、ただの興味本位だった。



善は少し黙った。何かを思案している。それでも、基本的にノーと言わない善は、スマホを操作することを選んだ。


画面を覗いていれば、善が今度開いたのは写真のアプリだった。「いと」の写真は保存しているらしい。もしくは自分で撮ったか、どっちだろう。



「これ、いと」



後者だった。善が見せてきたのは完全なる盗撮だった。


画面いっぱいに、学校の廊下らしきところで、物理の教科書を抱えて斜め下を見ながら話している、眼鏡をかけた女子生徒が映っている。



「なんでお前盗撮してんの?」

「さあ。暇だったんだろ」

「善って暇つぶしに盗撮すんの? 変態じゃん」

「もっとある」

「え、見せて」



善の写真はことごとく盗撮だった。


テーマパークを歩いているところ。眠っているところ。女の子の部屋らしき場所で勉強しているところ。パンを頬張っているところ。真剣な表情でパズルに挑んでいるところ。振袖を着ているところ。



お前、「いと」のこと大好きね。


口をついて出そうになる。



盗撮の中には、前髪が目にかかっていない、眼鏡を外した「いと」もいた。それは横顔だったが「うわ」と思った。



「(……やっぱこいつ面食いだろ)」



「いと」は眼鏡を外したら化ける方の女だった。いや、長い前髪と大きな眼鏡が「いと」の顔面を適切に評価させない、と言う方が正しいかもしれない。



ただ、「いと」は、善の元カノとか善がワンナイトに選ぶ女とは、明らかに系統が違った。


気が強く、甘え上手な、善を尻に敷く系の女が好みなんだと思っていたが、善の写真の中の「いと」は、何と表現すべきか、ぽわぽわしている。



まず間違いなく「いと」がど本命だろう。


どこの誰が惚れてない女の写真を集めるんだ? どこの達人なら「愛しくて仕方ない」みたいな写真を何枚も撮れるんだ?? って話じゃないですか。



でも、善が実際に付き合ってきたのはど本命とはタイプの違う女の子だった。善が甚だしく鈍感なのか、甚だしく押しに弱いのか、ど本命には手を出したくないのか、俺の勘違いか、さあ、どれだ?



「善って“いと”とは友達なんだっけ?」

「おー」

「いとと付き合いてえなってはならねえの?」

「考えたことねえな」

「ねえの??」

「なんかちげえだろ。抱きてえとかも思わねえし」



善はつまらなそうに頬杖をつく。



「何もねえわ、まじで。彼女とかセフレとか、そういう感じじゃねえんだよな。いとはそのまま、その辺にいてくれたらいい」



多分、このとき、善の視線の先には「いと」がいたんだろう。善の横顔は「会いてえ」ってわかりやすく叫んでいる。



「まだ“いと”と連絡取れねえの?」

「うん。あいつは、女友達も切ってるから、多分直接捕まえねえと連絡は取れない」

「地元が一緒なら休みに実家突撃すれば?」

「帰って来ねえんだよ。バイトっつって」

「それはそれは。早く会えるといいな」

「……な」



善の目は、澄んだものを映していて。


そういう顔だよ、恋愛してるときの顔は、と恋愛童貞に教えてやりたくなった。






[ちぐはぐ、されど]



    

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