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第29話


金曜日の夜が来た。


善くんの態度が少し変わった。



告白以来初めて会ったのだが、まず、待ち合わせ場所の駅から司さんのお店に行く道中、善くんは当たり前みたいに私の腰を抱いた。


司さんのお店に着くと、前回と同じテーブル席に通された。善くんは迷いなく私の隣に腰かけた。前回は向かい合って座ったのに、と首を傾げる。


顔を出した司さんは、その光景を見て苦笑すると、「ここでは何もすんなよ」と善くんに釘を刺してから業務に戻って行った。


ちなみに善くんは返事をしなかった。



「(……どうしたんだろう)」



ビールをぐいっと傾ける隣の善くんを盗み見ると、善くんは「どうした?」と言って、私の肩を抱き寄せた。


半個室とはいえ、店の奥のテーブル席だから他のお客さんの気配がそんなに近くないとはいえ、だ。外で肩を抱くのは一般的になんだろうか。


昼と夜ではまた作法が違うの?? と頭が混乱をきたして、善くんの腕から抜け出そうと体をよじるが、善くんはそれが癖みたいに私の動きを封じた。



善くんがおかしい。



善くんは確かにちょっと人懐こいところがあるし、すごく王様気質だし、魅力を存分に発揮して女性をはべらせているようなところはあるけれども、だ。


学校では基本的に彼女の肩なり腰なりを抱いていた善くんでさえ、膝に乗ってきた女の子を動じることなく後ろから抱きしめていた善くんでさえ、彼女や関係を持った人以外に、気を持たせるようなことはしていなかったはずだった。



それがどうして……と思う反面、そういえば電話をくれたり不思議な報告をくれたりしていたのもおかしいんじゃないかと、今さら深刻に捉える。



「あの、善くんどうしたの? ここ外だよ?」

「誰も見てねえからいいだろ」

「……そういうものなの?」



私が知らなかっただけで、都会の大人はこういうものなのかもしれない。



善くんは私の肩を抱いたまま、涼しい顔でビールを飲んで、私の髪をいじって、私の頬を触って、それを止めようと伸ばした手を捕まえる。


攻防戦に一生勝てる気がしない。



善くんは癖なのか、私の手の甲や指を撫でる。


利き手を塞がれている私は、ちびちびとカルーアミルクを飲むことしかできず、訴えるように善くんを見上げた。善くんは私の口にチーズを放り込んだ。



「うまい?」

「……おいしい」

「次何食いたい?」

「自分で食べるよ。だから手を離……」

「生ハムは?」



口元に生ハムが運ばれてきたので、おとなしく口を開けば、生ハムを放り込みながら笑う善くん。


なんて綺麗なんだ、とIQの低いことを思う。



「善くん、あの、今日はなんだかスキンシップが激しくないですか?」

「普通だろ」

「あ、普通なんだ……」

「そのうち慣れる」



善くんは顔を寄せてこめかみにキスを落とす。


流れるような犯行だったので見落としかけたが、数秒遅れで理解し、腰を引いた。善くんが肩を抱いているから全く離れられない。



「ぜんくん…!」



少しでも距離を取ろうと、善くんに体の正面を向けて善くんの腰を押す。


レベルの違う善くんは、握っていた手を離して、私の顎を持ち上げて、必死な私を見下ろし、余裕綽々な表情で笑った。


善くんに見つめられて平気な人間は多分いない。私は顎を持ち上げられながらも、何とか目を逸らす。



「……善くん、今日泊まるの中止でもいい?」

「なんで?」

「わたしがしんでしまう」

「なんで?」



善くんは私の救助要請を鼻で笑って済ませた。



「俺我慢すんの好きじゃねえんだよ」

「とてもよくわかるよ」

「無理やりすんのが趣味じゃねえってだけで、いとが嫌がってねえことは俺のしたいようにする」



王様じみた宣言を終えると、私の反論も抵抗も待たずに私の唇を舐めた。



「な、なに、なにをして……」

「嫌じゃねえだろ?」

「い、いや、というか、あの、」

「しよ」



そう言われれば、同窓会の帰り道にしたキスを思い出した。あれをもう一回するの? 既に心臓が爆発しそうなのに?? 素人は戦慄する。


善くんに穴を開ける覚悟で善くんの胸を押して拒絶の意思を伝えれば、善くんは簡単そうに私の腕を引いて、なだれ込んできた私に顔を寄せた。



「ここでいい? 家でがいい?」

「できない、、」

「どっち?」

「もうできない!」

「どっち?」

「家がいい!」



最早爆発寸前の状態で叫べば、善くんは「わかった」と耳にキスを落とす。


善くんがおかしい。


   

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