第26話

キスとは唇同士か頬との接触だろう程度の知識しかない素人は、うなじへのキスからその先を見て、生々しさに耐えきれなくなった。


逃げ出そうとすれば、善くんの腕が引き止める。



「いっ、いっかい、一回、一回離してください」

「まだ何もしてねえだろうが」

「さっきからしてるんだって…!」

「いとは男のことわかってねえよ。触ってりゃ全部したくなるに決まってんだろ」

「さ、さわらなかったらいいんだよ!」

「無理だろ。こっちは店にいるときからその気になってんだよ」

「その気ってなに??」



すると、善くんは簡単に私の体を返して、ソファにくくりつける。



「してえっつってんの」



下から見上げる善くんの威力たるや……。


あまりの色気と美しさを融合させたレアショットを直視すれば、どうして呆然とせずにいられよう。



「……したいって、お、大人な話、してますか」

「うん」

「……なんで、したいの?」

「は?」

「え、あ、でも、ごめん、なんで……綺麗な人の裸を見なくてもしたくなるの?」

「なるよ」



善くんは余裕そうに笑って、私は、この表情は初めて見るな、なんて、関係のないことを思った。


善くんは私の眼鏡を奪い、顔を寄せる。



「まあ、いけるとこまで」

「(どこ…?)」



善くんの目に映れば、暴れることすらできない。


もう素人は黙って善くんにお任せしようと、ぎゅっと目を閉じたときだった。



思い出す。



──だからって宮下って、普通勃たねえだろ。


まあ、顔とか見たら完全アウトだったわ。



はっとして、善くんの胸を押して、顔を可能な限り背けた。



「(……忘れてた)」



まともに善くんと目を合わせていたけど、私、とんでもなくひどい顔をしていなかっただろうか。この部屋は明るいから、私の顔を見た善くんは「アウト」だったんじゃないだろうか。


あれ、でも、梶くんは嘘って言ったっけ? 私はそこまでひどい顔じゃないんだっけ? でも、嘘っていうのが嘘かもしれなくて、本当だったとしても、善くんと梶くんは違うかもしれなくて……。


でも、ブスは拒んじゃだめなんだっけ? 善くんとは付き合ってないから拒んでもいいんだっけ?


でも、どうせ先延ばしにしても結局アウトなんだったら、早い方がお互いのためになるんだろうか。



ぐるぐると考え込んでいるのがバレたのだろう。


善くんは、覆い被さるような体勢で私の肩に額をつけ、地を這うような声でつぶやいた。



「……梶ぶん殴っていいか?」



梶くんは何も関係ないよ。


反論すれば言えば、善くんは顔をこっちに向けた。慌てて顔を背ける。



「あ、の、でも、善くん、次でもいいかな?」



善くんは何も言わない。



「善くんさえよければ、だけど、わたし、いろいろと勉強不足だから次までにちゃんと……次は、あの、頑張るから、善くんさえよければ……」



すると、善くんは隣に寝転がり、私をその腕の中に閉じ込めた。



「無理やりすんのは趣味じゃねえわ」



私の頭の下に善くんの腕が通されて、私は気付けば、かの有名な腕枕というものを初めて経験している。



「いいよ、別に、いとがしてえなってなったらで」



腕枕までしてもらって、あやすみたいに髪を撫でられて、善くんの体が密着しているし、私は幸せで、落ち着かず、嬉しくて、居た堪れない。


離れようとすれば、善くんの腕の強さが増した。離れるのをだめだと言われているようで、困る。



「……あまり、甘やかさないでほしい、、」



善くんは少し黙り、かと思えば足を絡めた。


より一層体が密着して、善くんの匂いに包まれて、無性に泣きたくなって、涙を堪えれば、反動で勝手に口からこぼれてしまう。



「……ごめんね、どうしよう、好きって思うの止まらない」



唇を噛んで必死に顔を背ける。


善くんは私を抱き寄せたまま笑った。



「あんま可愛いのやめて」



我慢してんのに、なんて。


善くんは上手な嘘で私を甘やかす。



  

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