第25話


善くんのおうちは大変お綺麗だった。


遠い昔、部屋の掃除をさぼるとお母さんが勝手に部屋の掃除をするとぼやいていたような気がする。そういう積み重ねで、綺麗好きになったのかもしれない。



男の人の部屋を珍しがりながらラグの上に座ろうとすると、善くんに引っ張られた。気付けばソファの上に座っていて、善くんに後ろから抱きしめられている。



「あ、ぜ、ぜんくん、、?」



男の人に抱きしめられるなんて初めてだ。


それも善くんにだなんて、頭が追いつかず、私は石像みたいに固くなってしまう。



「なにも……何もしないって、言ってたよね??」

「何もしてねえよ」

「充分してるよ!」

「手繋いでねえからいいだろ」

「私そういう言い方でした??」



善くんは、私よりずっと体が大きくて、私をすっぽり包み込んでしまう。


善くんが喋ると善くんの体も一緒に動いて、善くんからいい匂いが漂ってきて、善くんの顔が私の首辺りに埋まっていて、善くんの腕が私のお腹に触れていて、私は熱が上がりすぎて泣きそうになる。



どうしよう、他の女の子みたいに華奢じゃないってバレて、他の女の子みたいにいい匂いがしないってバレて、他の女の子みたいに可愛くないってバレて、善くんに蹴り出されたら、どうしよう。



勝手がわからないあまり想像力が悪い方に悪い方に働いて、せめて少しでも体の接着面積を減らそうと、できるだけ前屈みになる。


すると、善くんはお腹にまわした腕を引いて、私の体を自分に全て預けさせた。



「や、、いやだ、おもい、嫌だ、」

「3分だけ」

「3分? ほんと?」

「……」

「善くん??」



善くんは私の確認を無視して、テレビのリモコンを取ると、動画配信サービスの画面を開いた。



「いと、何見たい?」

「話変えた?」

「ない? ないならとりあえずテキトーでいい?」

「聞こえてる?」



善くんは私を完全に無視し、有名な洋画を流した。私でも名前を知っていたが、見たことは一度もなかったので、単純な私は抵抗をやめて見入ってしまう。


善くんが後ろで静かに笑いを殺した気がした。



気付けば、私の膝にブランケットをかけてくれている。善くんは優しいし、前も後ろも暖かいし、善くんの匂いに包み込まれている。そのうえ、お腹がいっぱいで、空腹を満たした食事は善くんと摂ったと来た。


これ以上ないほどの幸せは、私から現実味を奪いに奪った。



あるのは浮遊感。多幸感。両者は感覚の酷似した眠気を誘う。


善くんの腕の中で脱力し、微睡む。



うとうとしながら、考える。


善くんが好き。善くんの匂いも腕の強さも、全部が好き。善くんに抱きしめてもらえて嬉しい。善くんと2人でいられるのも嬉しい。この時間が幸せ。



「(……善くんに好かれるには、)」



私はどう頑張ったらいいのだろう。


善くんの彼女ができたとき、善くんが結婚したとき、下心がもう二度とむくむくと大きくならないようにするには、どう頑張ったらいいのだろう。



答えを知りたい。



「――善くんはどういう人が好き?」



エンドロールが流れ始めたころ、眠気と戦いながら尋ねると、善くんの甘ったるい声が返ってきた。



「俺のことが好きで堪んない子」



わたしだ…!!



はっと目が覚めた。


はしゃぎそうになった後で、善くんを好きで堪らない人なんか掃いて捨てるほどいることを思い出す。



でも、善くんを好きな人が好きだということは、好きだと言われるのが苦手じゃないということでいいのだろうか。好きだと思ったら、私も好きだと伝えてもいいのだろうか。


素人にはわからない。



でも、私、今度は頑張るって決めたんだ。なぜかふられずに済んでいる今、頑張る方向性の迷子ではあるけれども、善くんに次の彼女ができるまではしたいことをする、っていう方針でいいんじゃないかと思っているが、どうなんだろう。


眠気も吹っ飛んだので、早速試みる。



「善くん、私も触ってもいいかな」

「いいよ」



許可が下りたので、私のお腹を抱いている善くんの腕に触れた。男の人らしい腕の筋を辿っていると、善くんは、腕をひっくり返して手のひらを上に向けた。


もしかして、と思って手を重ねる。ぎゅっと握り返された。私よりずっと大きな手が、私の手を包み込んでくれる。



善くんが私を「女の子」にしてくれる。



「手繋がねえんじゃなかったの」

「善くんが悪いよ」

「ねえわ。こんな我慢してんのに」

「え、何か我慢してるの?」



繋いだ手をこの目に焼き付けようと、そして、その感覚を覚えようと、意識を手に集中させていると、善くんの髪が首筋にかかった。



「すげえしてんの」



不意に何かがうなじに触れる。


善くんの髪が触れて、ちゅ、という音が立って、初めて、善くんがうなじにキスしたのだと気付く。



   

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