第23話


花乃ちゃん曰く、善くんも東京住みらしい。


単純な私は、花乃ちゃんと別れるとすぐに善くんにメッセージを送った。



【3分だけお時間をいただけませんか?】



3分あれば充分だろう。30秒あれば伝えられるし、でも私はどうせ2分半くらいうじうじするし、ふられたあとに長居しても迷惑だから。


多分3分で妥当だと頷いていれば、善くんから返信がある。



【いつがいい?】

【いつでもいいよ。善くんさえよければ、善くんの近所のコンビニとか、本当にどこでも行くから】

【時間あるなら一緒に飯食おう】



ご飯を食べていたら、3分は越えるのに。


善くんはやっぱり優しい。



善くんとは翌週の日曜日に会うことになった。


待ち合わせはお昼前で、善くんが指定する時間はお昼が多いな、と思う。気をつかわれているのか、夜に会うのは私じゃないのか、どっちだろう。



私の作戦としては、ご飯を食べ終わってからお会計までのあの微妙な時間に、善くんに好きだと言う。後は別れるだけだから、好きと言った後に何が起ころうが、そんなに気まずくはないはずだ。



善くんとは、お互いの家の中間地点の駅で待ち合わせた。ワンピースは着なかった。ちょっと褒めたくらいで一生喜ばれる善くんに同情したのだ。


ニットにスラックスというラフな格好で、改札の外で待っていると、声をかけられる。



「悪い、待たせた」



都会で見れば、より強く、綺麗だなと思う。



「善くん、時間もらってごめんね。ありがとう」

「いいよ。何か食いたいもんある? なかったら友達がやってる店行かね?」

「あ、ぜひ」

「こっち」



善くんは電話をかけながら歩き出した。


その後ろについて歩いていれば、善くんの背中が広いことを見つけて、善くんは通行人の女性の目を頻繁に奪っていることに気付いた。



「(この人が私が好きになった人……)」



なんて無謀な恋をしているんだろう。


万が一にも通行人に恋人同士だと間違われないように、下を向き歩幅を緩める。



電話はすぐに繋がったらしい。



「お疲れ。今どう? こっち2人なんだけどいける?」



善くんは「そうだよ、デート」と冗談ぽく笑って、「今から行くわ」と電話を切ると、振り返った。



「空いてるって。まじうまいから期待してて」

「うん、ありがとう」



善くんの笑顔に、私は、やっぱり好きだなと思ってしまう。



善くんの友達がしているというお店は、外装からして既におしゃれで、若い女性客で賑わっていた。


善くんはお店のオーナーの方と親しげかつ簡単に挨拶を済ませると、慣れたように奥の半個室のテーブル席に向かって行った。



注文したオムライスは、卵がとろとろでほっぺが落ちるほど美味しかった。告白しに来たということも忘れて、私は呑気にオムライスとこの時間を味わった。



しばらくして、オーナーの方が顔を出した。



「善、久しぶり。悪いなばたばたしてて」

「いや。俺も急に悪かったよ」

「いいって。次は酒飲みに来てくれよ」

「おー」



オーナーの方は私に目を移して、屈託なく笑った。



「初めまして。司です。善の友達です。よろしく」

「初めまして、宮下と申します。善くんとは実家が割と近くて……よろしくお願いします」

「へえ、幼馴染的な? 善とはいつから付き合ってんの?」

「あ、いえ、付き合っていません。私はただの、あの、知人で……」

「へえ、そうなんだ」



司さんは、善くんをちらっと窺って。



「またいつでも来てね、宮下ちゃん」



人のよさそうな笑顔を浮かべて、手を振った。


2人になると善くんは「知人?」と笑う。



「幼馴染というのも友達というのもピンと来なくて」

「あー、ちゅーもしたしな」

「…、」

「何だ、覚えてんのか。すげえ普通だから忘れてんのかと思った」



善くんは面白がっているような目で私を見る。



「……もう、わすれた、」

「したんだよ、俺ら。同窓会の帰りに車で」

「わ、、忘れたってば……」

「思い出すの手伝ってやってんだろ」

「思い出しちゃだめなんだって。ほんとに、善くんと違って慣れてないから、私、話ができなくなる」

「俺も慣れてねえよ」

「……嘘にやる気が見られないな」

「いととしたの初めてだし」

「レベルが違うんだよ」



顔を覆い隠せば、善くんは、は、と笑う。


機嫌がよさそうで何よりだ……と思ったのも束の間だった。善くんは真面目な声音で尋ねた。



「それで、話は?」

「え?」

「話あるから誘ったんだろ。話は?」



我に返った。夢から覚めた。


私はスプーンを握りしめる。



「……オムライス食べたら言う」

「そ。じゃあ待ってるわ」

「はい」



急に緊張が大きくなって、オムライスを口に運ぶ手が小さく震え始めた。



   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る