第22話
善くんは寝返りを打って、仰向けになる。
「春休みは帰ってくんの?」
「どうだろ」
「帰ってこいよ」
「……バイトがなかったら検討する」
「社畜かよ」
あしらうような笑いを最後に、善くんは黙った。しばらくして振り返れば、健やかに眠っていた。
寝顔を初めて見たわけでもないのに、善くんと久しぶりに会ったからか、顔の造形の美しさが、より威力を増して襲いかかってきて、私は説明のつかない切なさに占拠される。
善くんは友達。王様。幼馴染。世界一綺麗な人。凛とした人。雲の上に住んでいる人。
「……善くんには彼女がいる」
下宿先のアパート。見慣れない駅。大学の校舎。通学路。バイト先のコンビニ。サークルの飲み会。
「だから、善くんとは会わない」
善くんのいない景色にほっとする私がいる。
私は善くんとは違うな。
善くんといると、少しも落ち着かないの。
押し殺して、押し殺して、もう見えなくなった心の中に、もしかしたら、私と善くんの違いが、大きな大きな違いが隠れているのかな。
恐々と、善くんの袖に手を伸ばした。
善くんには彼女がいる。だから会わない。
それは、間違いだった。
善くんには彼女がいる。だから、会いたくない。
私の本心はこっちだった。
深くに潜り込めば、善くんに触れたいと思っていることに気がついて、その気持ちの汚さを知って、私は善くんへの想いを見つけた。
それは友情とは似ても似つかない、どろどろとした下心だった。
善くんはモテる。引く手数多だ。歴代の彼女はみんな可愛い。経験人数はきっともう誰も数えていない。遊びでいいから抱かれたいと言わせる、そんな男の人。
あまりにも身分が違うから、まさか自分が善くんに下心を抱いているなんて想像さえしなかった。
善くんは私を友達だと言う。
私のこの下心は、善くんのことも善くんの彼女のことも裏切っている。
──消さないと。
高校を卒業して、善くんと頻繁に会う環境じゃなくなれば、下心から派生していたらしい苦しさは薄れたが、数時間会っただけで簡単に元に戻ってしまった。
薄れたくらいじゃだめなんだ。完全に消さないと。
下心がなくなって、私の方も純粋な友情を抱いたら、善くんとまた会ってもよくなるかもしれない。
善くんの無防備な声を聞いても、善くんの幼い笑顔を見ても、善くんの彼女の話を聞いても、善くんの結婚を知っても、私は「友達」でいられるかもしれない。
会わないようにして、繋がらないようにして、善くんという名前すら生活の中に入って来ないようにして、心の奥深くに沈めて、奥底で殺して、二度と再生しないようにすれば、いつか。
──いとが頑張ってあげないから、下心も消えようがないんだよ。
いつか──…。
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