第21話


成人式の日のことを思い出す。


私が善くんへの恋心を自覚した日のことだ。



成人式が終わってから同窓会が行われるまでの空き時間、善くんは友達と遊ぶでもなく、彼女と会うでもなく、なぜか私の部屋にいた。


振袖を脱いで部屋に戻ると、知らない間に姉が善くんを部屋に通していたようで、私服の善くんがベッドに寝転がっていたから、心底驚いた。



「え、どうしたの? 善くん」

「疲れた」

「ああ、善くん囲まれてたもんね」

「それもあるけど、今弟が女連れ込んでんの。くそうるせえ。ぎゃーぎゃー笑って騒いで……中学生ってなんであんなうるせえの?」

「善くんも多分うるさかったんだよ」

「いや、俺はすげえおとなしかった」



私が笑えば、善くんも少し笑った。


振袖用の濃いめのメイクは落とした。同窓会に行くためのメイクをしようと下地を塗り始めれば、善くんはどうでもよさそうにそれを眺めていた。



「いと、いつぶり? 正月会ったっけ?」

「会ってない。帰ってきてないんだ、バイトしてて」

「何のバイト?」

「コンビニ」

「楽しい?」

「全然」



思いきり顔をしかめて答えると、善くんは無防備に声を出して笑った。



「でも深夜だから楽だよ」

「危なくねえの」

「うーん、どうなんだろ。お姉ちゃんとか永野さんとかだったら危ないだろうけど、私はなー」

「いとでも俺でも危ねえよ」

「善くんは危なそう」



善くんがコンビニの店員さんだったら、私はたくさん通い詰めるだろうな。そんな女性は、もしかしたら男性も多いだろうから、善くんはきっと危ない。


でも、サンタ帽を被る店員・善くんは見てみたいなと思って、にやにやとした笑いを押し殺した。



「なあ、いと、男できた?」

「できないよ」

「なんで?」

「なんでって言われても……多分、魅力みたいなものは全部お姉ちゃんに行ったんだと思う。善くん聞いた? お姉ちゃん、今彼氏が7人いるんだって」

「愛ちゃん、可愛い顔してえげつねえよな」

「すごいよ、ほんと。モテモテなんだから」



メイクを終えて眼鏡をかければ、善くんがベッドから手を伸ばして、つるを掴んで眼鏡を奪った。



「ちょっと何するの」



眉を寄せる。ぼやけた視界の中で、善くんは多分子供のときと同じ顔で笑った。


それから、眼鏡をいじりながら、とても無防備なものを吐き出した。



「やっぱ、いとといるとすげえ落ち着く」



人気のある人もつらいんだろう。平民には想像もできない苦労があるに違いない。


善くんみたいな人気者は、私くらい芋っぽい人を相手にしている方がかえって楽なのだろうな。



「そんな善くんはいつまでもここにいていいよ」

「あと一時間くらいで出る」

「そうなんだ……」

「さっきいと、嬉しそうだったな。俺が落ち着くっつったとき」

「うん。善くんに褒められると嬉しい」

「俺が笑っても嬉しい」

「嬉しい」

「俺と会うのも嬉しい」

「嬉しい」



善くんは笑って、その隙に善くんから眼鏡を取り返す。



「じゃあもっと帰ってこいよ。1年くらい会ってねえだろ、絶対」

「バイトがあるんだよ」

「1日2日くらいいいだろ。いとに会わねえとこっちはなんか調子狂うんだよ」

「うーん、でも慣れるよ。私は慣れた」

「慣れんなよ」

「でも説得力があるでしょ?」



それに、善くんには彼女がいるんだし。


そう続ければ、善くんは至極不思議そうに「だから何?」と尋ねた。



「え、だから……何だろ」

「俺に彼女いんの関係なくね?」

「関係ない、けど、なんか……」

「なに?」

「……いや、わからないけど」



善くんに彼女がいることと、善くんと会わないこと。


私は2つを「だから」という一本の線で結べるのに、なんで「だから」なのかと問われると、うまく説明できない。



 

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