第20話

私はグラスを両手で掴む。



「……いいのかなあ。私、可愛くないのに」

「いとが自分のことをどう思おうが、いとは一生いとのままだよ。死ぬまでね。いいの? 一生好きにならないように頑張り続けるので、ほんとにいいの?」

「一生……」

「何か怖いことある? 善は確かに可愛い子が好きだし、ほんとどうしようもないなって思うところもあるけどさ、いとが頑張ったとして、少なくとも、それを迷惑がったりバカにしたりするような男じゃないと思うけど」



それは、そう。善くんはきっと不愉快だと顔を歪めない。


花乃ちゃんを見つめ何度も小さく頷けば、花乃ちゃんは優しく微笑んだ。



「いい男好きになったんだね、いと」



私はなんだか泣きそうになって、ごまかすように甘い甘いココアを飲み干した。


テーブルにからのグラスを置くと共に、気合いを入れて息を吐く。



「うん、花乃ちゃんの言う通りだ!」

「単純だなあ」

「よく考えればさ、善くんに彼女ができたら頑張れないし、善くんが結婚したらなおさら頑張れないんだもんね? 善くん、次の彼女と結婚するかもしれないから、これがラストチャンスかもしれないもんね?」

「そうね」

「ってことは今しかないんだ!」



花乃ちゃんはまた「単純だな」と言った。


本当に単純なんだから仕方ない。



「花乃ちゃん、私ね、可愛くなったら善くんに好きって言いたかったんだ。それを頑張ることにするよ」



花乃ちゃんに決意表明をすれば、花乃ちゃんは無邪気な笑顔を浮かべた。



「いとは可愛いよね」

「え、全然可愛くないよ」

「私からすれば可愛いんだよね。頑張れ。善がひどいことしたら私が社会的に殺してやるからさ」

「き、気持ちだけ! 気持ちだけで! ありがとう!」



それから、花乃ちゃんと一緒に服を見たりコスメを見たりした。美容部員をしている花乃ちゃんは、私に似合う服やメイクのアドバイスをしてくれた。


善くんがワンピースを褒めてくれたのだと喜んでいれば、花乃ちゃんは「確かに可愛いもんね」なんて私を甘やかしてくれる。



「善が褒めたのも本心でしょ」

「そう思う?」

「あいつ、別にそういう嘘はつかないじゃん。可愛いと思わなかったら可愛いって言わないし、いいと思わなかったらいいって言わないんじゃない?」

「そっか」

「ま、彼女にはどうかわかんないけどね。善が彼女に言う「可愛い」も「好き」も嘘くさいからさ」



花乃ちゃんも冗談を言うらしい。何を隠そう、善くんの恋愛を理想に掲げていた私からすると、善くんの彼女に対する賛辞や愛情表現こそが本物なのだから。


花乃ちゃんは、花乃ちゃんの冗談を珍しがって楽しむ私を呆れた目で見つめた。



「そういえば、梨花が善くんに本格的にモーションかけ始めたって噂だよ」

「え!?」

「梨花、元カノだしな。元カノってことは、善が彼女に選んだことがあるって意味だからね。そう悠長にしてる余裕ないわ。可愛いワンピース着て、さっさと会いたいって連絡とって、さっさと告って来い」

「急に雑……」



頑張れ。花乃ちゃんに強く背中を叩かれる。



頑張ろう。善くんが梨花ちゃんとよりを戻すまでに。善くんが、素敵な美しい女性と付き合い始めるまでに。一度だけ、善くんのことがずっと好きだったんだって善くんに伝えよう。


私は力強くうなずいた。



  

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