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第19話
善くんとキスをした。
多分、夢だ。
生々しい夢を見せないでほしい。
寝ても覚めても、善くんの指の冷たさとか、唇の触れ方とか、善くんの匂いとか、車のシートの固さとか、なんかそういうのが全然消えなくて、キスそのものが初めてな私は、度を越えた生々しさに殺されそうになる。
「……善くん、いつもあんなことしてるんだな」
あんなことどころか、もっと、すごいこと。
思っていた以上に善くんは雲の上の人だった。
善くんはやっぱりすごい、という気持ちと、ファーストキスが善くんなんてとんでもなく恵まれているんじゃないか、という気持ちが拮抗している。
あの日、善くんは、一度触れさせるだけのキスをすると、唇を離して、私の様子を窺って、私に拒絶の意がないことを察した。その後は、優しくついばむようなキスが繰り返された。
私は思った。息の仕方も分からず固まっているだけの初心者に言われるまでもなく全人類が知っていることだが、思った。
──善くん、慣れてる。
善くんは「キリねえな」と苦笑しながら囁いて、何食わぬ顔をして運転を再開する。
私はまた思う。善くん、慣れている。
帰宅後、上記の突然の事件に翻弄されながらもわずかに残った余力を使って、メッセージアプリ上で、よっちゃんと
その後のやり取りで、花乃ちゃんと意外と近くに住んでいることがわかり、同窓会の翌々週、花乃ちゃんと2人で会うことになった。
ちなみに、花乃ちゃんとは小学校から同じで、花乃ちゃんは善くんとも仲がいい。
「それで、手出されたの?」
駅近くのカフェに入るや否や、世間話もなく、花乃ちゃんは切り込んできた。
「善くんに? 出されるわけないよ」
「まじ? 2人で同窓会抜けたから怪しいなって」
「ないよ。送ってくださっただけ」
「そうなんだ。善、普段は3次会までいるし、お酒飲みまくってハンドルキーパーなんてしたことないのに、この前は違ったからさ、いとと善、面白いことになってんのかな、って思ってたんだよね」
なんだ、と残念そうにストローを咥える花乃ちゃん。
というか善くん、いつもならお酒を飲むのか。それも3次会まで……。当たり前みたいにお言葉に甘えたが、もしかして私、大迷惑をかけたのでは。
「善くんは、同窓会の前にドライブに連れて行ってくれて、そのあと直接同窓会に行ったから、車を置いていく時間的余裕がなかったんだと思う」
「ほお」
「だから、私を帰りも送ってくださったし、お酒も飲めなかったんじゃないかな」
「ほお」
「ほおって、あなた」
「いや、なんか善、彼氏面してんなって」
花乃ちゃんは鼻で笑う。
彼氏面? 雲上人の善くんが、私の彼氏面??
「いやいやいやいや、してないよ。してたとして保護者面だよ」
「保護者面してんの? 善が?」
「してたとして、ね。私がいろいろと頼りないから、善くんの面倒見のよさをいかんなく発揮させてしまうんだと思うよ」
「うーん、どうだろうね」
花乃ちゃんはストローをいじりながら笑う。
「てか、いと、なんで20歳の頃、連絡先消したの」
「あの節は大変申し訳……」
「謝んのはもういいから。なんで消した?」
「……あの、成人式の後、善くんのことを好きって気付いてしまって、一刻も早く下心を撲滅したかったんだ」
花乃ちゃんは驚きもからかいもせず、真剣なまなざしで私を見つめた。
「消せたの? それ」
「消せた。……でも、また復活しつつあるから、今度は違う方法で消そうと画策してるところ」
「なら無理だよ。もうあきらめな」
花乃ちゃんはばっさりと言い切る。口調でも表情でも、私の味方だと伝えながら。
「いとが頑張ってあげないから、下心も消えようがないんだよ。あきらめな? 一生善のこと好きでいるか、頑張ってあげて消すのか、どっちかしかないよ」
「頑張って消すよ」
「撲滅ってさっき言ってたじゃん。そっちじゃないよ。殺す方向にじゃないの。あんただけでも大事にしてあげんの。そっちの方向に頑張るの」
私だけでも大事にしてあげる。
花乃ちゃんの言葉を反芻すれば、どこかが音もなく締め付けられた。
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