第14話

ぼーっと考え込んでいれば、誰かに肩を叩かれる。


高校が同じだった加藤くんという、特に接点のなかった男の子だった。



「宮下、久しぶり。元気してた?」

「う、うん、もちろん」

「なあ、ちょっといきなりで悪いんだけどさ、外で話さない?」

「外で?」

「相談あんだよね。みんなの前では言いづらいから」



基本的に単純な私は「私でいいなら」と加藤くんと一緒に外に出ることにした。



居酒屋の外に簡易的な喫煙所がある。そこには煙草を吸う男の人たちが何人かいて、大声で笑い合っていた。加藤くんはその集団に向かって声をかける。ヘタレな私は反射的に後ろに下がったが、加藤くんに腕をつかまえられて逃げられない。


喫煙所にいたうちの1人は煙草を揉み消すと、こっちに向かって歩いてきた。その顔を見た瞬間に、私は半ば無意識に彼の名前を呟いている。



「梶くん……」



なぜか加藤くんは私に目をやり嬉しそうな顔をする。



「お、まじ? 宮下、梶のこと覚えてる?」



「良かったな梶!」なんて、喫煙所にいる何人かからも声がかかって、梶くんは首の後ろに手を当て、照れたように笑った。



「宮下久しぶり。ちょっと話したくて、加藤に無理言ったんだ」



どういうわけか私は、心の中で善くんを呼んだ。


善くん助けて、って思った。



駐車場に梶くんは車を停めているらしく、「話がしたいから車に乗って」と言われたので、助手席に乗った。違う車だけど視界に映る景色が似ていて、私は善くんとドライブをした記憶に焦がれた。



早くも善くんに会いたい。でも、梶くんが幸せだった今日の記憶を塗り替えに来たということは、きっと、身の程を弁えろという暗示なんだろう。


後ろ向きなことを思う。



梶くんは「元気だった?」と言ったきり、黙ってしまった。私が項垂れているせいもあって、沈黙が重い。何か話さないとと思うけど、何を話したらいいかわからない。せめて笑っていないとと思うのに、笑い方を忘れてしまった。


私はひたすら膝の上の拳を見下ろす。



しばらくして、梶くんは口を開いた。耳に届いたのは予想外の言葉だった。



「俺、宮下にずっと謝りたかったんだ」



恐々と梶くんを見上げた。



「ごめんな。俺、傷つけたよな」

「……ううん、全然」

「当時はちょっと友達にからかわれて、俺もガキだったから、照れ隠しでひどいこと言って、あんなこと……。ほんとにごめんなさい」



梶くんは私の目を見つめて謝る。


私は笑ってみる。ぎこちなくなったけど、いい。



「全然いいよ、気にしてない」

「宮下……」

「照れ隠しってことは、嘘だったのかな。信じていいの? 私、そこまでひどい顔じゃなかった?」

「違う! 全然違うから!」



梶くんは焦ったように声を張る。



「まじで違うから。俺、ほんと思ってもないこと言った。宮下は可愛いから。付き合ってる頃からずっと可愛いって思ってて」



彼の赤くなった顔を夜の景色の中に見る。



「ごめん、本当にごめん。許してとは言わないけど、あの言葉は嘘だって信じてほしい」



──嘘ばっかり。


どうせその訂正が嘘なんでしょう? 加藤くんたちに報告して笑い合うんでしょう? あいつ真に受けたよって、たくさんバカにするんでしょう?


もう騙されないよ。もう私、思いあがらないって決めたから。



でも、まあ、今さら──。



私はへらへらと笑う。



「わざわざありがとう。実はすごく反省? してたんだけど、これからは反省するのやめるね。梶くんももう気にしないで」

「……うん、ごめん、ありがとう」

「全然、全然。じゃあ戻るよ。ばいばい」



手を振って梶くんの車を降りようとする。


梶くんは私の手を掴んで引き留めた。



「宮下、俺、また連絡していい?」



私は、いいよとも嫌だとも言うことができなくて、笑ってごまかそうとした。



    

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