第11話

私はへらへらと笑ってごまかそうと試みる。



「あ、で、デートと言えば、善くん、昔、学校さぼって彼女と京都行ったことあったよね?」

「あー、あったな」

「学校さぼって行く距離じゃないって、みんなにからかわれてた」

「よく覚えてんね。羨ましかった?」

「うら……え、そうなのかな…」

「今度一緒に行く?」



話が戻った。なんでだ。


もしや、もう一度私が真に受けなければ善くんの気が済まないのだろうか。



「う、うん、ぜひぜひ」



作り笑顔を貼り付けて頷いてみる。



「京都いいよな。ただ、路線バスがめちゃくちゃ混んでんだよな。車で行くか。その方が動きやすいよな」



善くんはなぜか前向きに検討している。


冗談を言い合って終わると思っていた私は、慌てて善くんを見上げた。



「え、じょ、冗談だよね?」

「は? なんで?」

「私と京都行くとか冗談だよね? デートに行こう発言から冗談だよね?」

「冗談じゃねえけど」



善くんは当たり前のように言うので、こっちが間違っているような、悪いことをしているかのような気持ちになる。



「……なんで、私とデートするの?」

「楽しそうだから」

「デートするってことは、あの……私たちは、付き合う、ということ?」

「付き合いてえの?」

「え? い、いや、付き合いたくない、けど」

「は、ひでえ」



ひどいと言いながら善くんは見るからに何の痛手も負っていない。善くんの方がひどいじゃないか。



「だ、だって、さっき善くんバカにしたのに……」

「バカにしたっけ?」

「したよ。デートしよって言われてびっくりしたら笑った」

「別にバカにしてねえよ」

「あ、そうなの? じゃあなんで笑ったの?」

「普通に可愛かった」

「かわ…」



可愛い…? わ、わたしが……??


そんな言葉、男の人に生まれて初めて言われた。やっぱり菩薩ともなれば違う。無理してますよ感を出さずに私までおだててくれる。



「(嬉しい……)」



決して真に受けたわけではないけれど、嬉しい。


私は項垂れ、ワンピースの裾を握った。



「……あの、もう一回、」



こんなお願い、恥知らずもいいところだ。


顔が赤くなっていくのがわかっていて、治し方も自然な隠し方も思い浮かばずに、可能な限り小さくなることで事なきを得ようとする。



「善くん、もう一回、言ってくれないかな」

「もう一回?」

「うん。男の人にそんなこと言われたことないから、もう一回。もう一回だけ。後生だから。何卒」

「いとちゃん可愛いね」

「うわあ、名前まで! ありがとう!!」

「うるさ」



善くんが呆れたみたいに笑うから、その無理のない笑顔につられて、作り笑顔でない笑みがこぼれた。


善くんが横目に見て、また笑う。それがかっこよくて、綺麗で、これとは比較にならないくらいの優しい笑顔を向けられてきた善くんの彼女たちは、世界一の幸せ者に違いない、と思った。



そのうち、地元の景色に変わった。善くんとのドライブがそろそろ終わるらしい。



「ありがとう。善くんとドライブするの楽しかった」

「またしよ」

「いいの?」

「いいよ。俺も楽しかった」

「えー、嬉しいなあ」



赤信号で止まると、善くんはハンドルにもたれかかって私の顔を覗き込んだ。



「やっぱそういう格好似合うよな」



冗談を言っている素振りのない善くんのその優しい表情に、私が善くんの殺傷能力の高さを甘く見積もっていたことを思い知らされる。



「……ぜんくん信号変わったよ」

「変わってねえよ」

「でも、じゃああっち向いてよ。こっち見ないで」

「なんでちょっと怒ってんの?」

「だって、わたしもう、幸運が重なりすぎてそろそろ死んでしまう…」



顔を覆って項垂れていると、善くんは笑った。


可愛かったから笑ったのだと言ったときと、同じ笑い方だった。



     

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