第10話


同窓会の日がやってきて、日曜日の昼日中、2ヶ月ぶりに実家の前に善くんの車が止まった。


相変わらずお綺麗な顔が私を見て緩む。ああ、単純バカが口車に乗ってワンピース着てやがるわ、と思っていらっしゃるのかもしれない。いや、善くんはそんな人じゃないけれど。



助手席に乗ると、車が緩やかに走り出す。



「いとが同窓会来るから、みんな張り切ってる」

「え、ほんと?」

「黙って連絡先消しやがったから絞めるっつって」

「思ってた張り切りと違う……」

「甘んじて受け入れろ」



善くんは他人事みたいに笑う。



「今日どこ行きてえとか決まった?」

「あ、そう、その、私、こういうの決めるの苦手で、友達と遊ぶときもいつも任せっぱなしなので、できれば善くんの行きたいところに行きたいな、と」

「ドライブする? モール行く? 観光する? うち来る? ホテル行く? どうする?」

「ではドライブで!」

「決めれんじゃねえか」



善くんは横目で見て、目を細めた。


バカな私は胸を痛める。



「あ、つ、疲れたら、私いつでも運転代わるので」

「足折れたら頼むわ」

「足折れなくても、全然、いつでも、あの、」



善くんは、悪い。


ああ、また私、無実の善くんを悪者にしてる。



善くんは、スタバのドライブスルーで新作のフラペチーノを買ってくれた。美味しい美味しいと飲んでいれば「寒くねえか?」と気にかけてくれる。


さらには「好きな音楽飛ばしていいよ」と私のスマホと車を繋いでくれた。善くんの全然知らない音楽を流しても楽しんでくれるし、共通の思い出がある音楽は過去の話を広げてくれる。


善くんってちょっとした菩薩なんだろうか。大真面目に思う。



善くんと2人で出かけるのは初めてで、下心はこの時間を「デート」と呼ぼうとした。そのたびに理性に訂正されて、名前がつかないまま「2人きりの時間」が刻々と過ぎていく。



下心が芽を出さないか見張りながら、でも、貴重な体験を忘れたくなくて、私は車窓から見える景色までもを目に焼き付けようとした。



「善くんは優しいね」

「優しくしてるからな」

「生まれながらにして優しいんだと思ってた」

「は、ねえわ」



善くんのことだから、彼女のことも何度となく助手席に乗せて走ってきたのだろう。善くんの彼女は揃いも揃って可愛いのだから、そのとき、善くんの頭の中は「可愛い」でいっぱいで、善くんは堪らなく幸せだったんだろうな。


善くんの彼女に向けた優しい笑顔を思い出して、私は窓の外に目線を投げた。



ちょっとした観光スポットみたいなところに連れて行ってくださって、2人並んでぶらぶらと歩いた。


両脇に並ぶお店をめぐったり、和カフェに入ってぜんざいを食べたりと、全部が幸せだったけど、一番幸せだったのは隣を見たら善くんがいることだった。


斜め上にある善くんの涼しい横顔を拝んでいれば、たまに善くんは顔の正面を向けてくれて、丸いものを呼ぶような柔らかさで私の名前を呼んでくれる。


幸せでもあり、こんなに幸せでいいのかと恐ろしくもあった。善くんの歴代彼女のことを思い出して、下心が育たないように、そのことだけを頑張った。



17時をまわって、同窓会の会場に向かい始める。



「ごめんね、善くん、疲れたよね」

「うん、疲れた」

「だ、だよね。運転代わろうか? 何か買って来ようか? ごめんね、私気が利かなくて。どうしたらいい? 何でも言って」



あわあわとする私に、善くんは言った。



「またデートして」



デート…?


ぽかんと口を開いて間抜け面をさらせば、善くんはそれを横目に大変無邪気にお笑いになった。



「(……なんだ、からかっただけか)」



真に受けた自分が恥ずかしく、顔が赤くなる。



「あの、それで、どうしたらいい? やっぱり運転代わろうか? これでも一応無事故無違反だからどうぞ安心して……」

「今日はいいよ」

「あ、そっか」

「で? デートおっけ?」



来た、デート。これは善くんのタチの悪い冗談だ。



   

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