3
第8話
恥を忍んで打ち明けよう。
私は昔、善くんのことが好きだった。初恋だった。はからずも長い長い片思いをしていた。
善くんの周りには可愛い女の子が多くて、私はとても戦えなくて、たった一度「告白」という形で頑張ることすらできず、人知れず抱いていた恋心を密かに割った。
初恋を思い出しても、善くんと再会しても、全くと言っていいほど苦しくないのは、私がちゃんとあきらめられたという証拠なのかもしれない。
成人式の後、連絡を断った。ほどなくして電話番号を変えた。同郷の人たちとの繋がりは完全に消えたと言って差し支えなかった。
そうまでしてでも、私は善くんを求める下心を撲滅したかった。我慢できなくなって間違いを犯してしまう前に、下心を完全に消してしまいたかった。
善くんの言う通りだ。消したかった下心は、善くんの知らない誰かに向けたものなんかではない。だけど、「下心がまだある」という指摘に関しては、声を大にして「違う」と主張させていただきたい。
違う。私にはもう下心がない。
私はもう善くんに向けた下心を完全に消し去った。
「(……と、思う)」
夏季休暇の間、私は善くんのおうちにお邪魔した日のことを思い出して、身悶えていた。そして、そんな自分が気持ち悪くて落ち込んだ。
成人式からもう5年ほど経つ。5年の間に善くんは多分自分の魅力を最大限に磨いたんだ。もしくは、とても大きな恋をした。そうでなければ、美しさや色気に拍車がかかっていることの説明がつかない。
「……全部善くんが悪い」
幼馴染と呼ぶのが相応しいかはさておき、幼い頃から彼を知っている身としては、善くんに魅了されたのも、善くんに下心を抱いたのも、全て善くんが悪いと思ってしまう。
子供のときから圧倒的な美を体現したような人がそばにいたら、私みたいな平民はなす術なく魅了されるに決まっている。その上、善くんは割と人懐こいので、そんなのもうどうしようもないじゃない。
全部善くんが悪い。
例えば、善くんが私を殴ったらよかった。万引きの前科があればよかった。私の目を見て、ブスだ何だと言ったことがあればよかった。そしたら、私はもう少し惹かれずにいられた。
全部善くんが悪い。何もかも全て、善くんが悪い。
姉の記憶通り、善くんは学生の頃、私の家に何度か来たことがあった。言うまでもないことだが、付き合っていたのではない。体の関係があったのでもない。
ただの近所に住むだけの平民の私は、幸か不幸か、気付けば善くんの女友達枠に昇格していたのだ。
遊び人と称される善くんは、私の部屋で、大概ベッドに寝転がって、退屈そうにスマホを触っていた。漫画を読んでいることも多かった。
そして、時々、ぽつりぽつりと話した。私の体感として、話の7割は彼女のことだった。
善くんは、付き合う前に体の関係を持つこともあったようで、関係を持った全員と付き合ったわけではないようだが、付き合うと決めると一途だった。彼女のことを大切にしていた。
善くんが私の家に来るのは、大抵が彼女と揉めたときだったんだと思う。
話を聞いている限りでは、ジャイアンの実写版みたいな善くんは予想外に尽くす側だった。彼女が浮気をしても許したり、夜中に「会いに来て」と言われて会いに行ったり、ブランド物のプレゼントを買うためにバイトのシフトをたくさん入れたり。
振り回されながら尽くす善くんに、私は最後まで慣れることがなかった。
20歳までしか知らないけれど、善くんが付き合ったのは3人だった。
小5のときに小動物みたいに可愛い
善くんと彼女が並ぶと、1枚の絵みたいに見えた。
私は、彼女のことが好きな善くんが好きだった。
彼女のことしか見えない善くんが、優しい目をする善くんが、人前で彼女の肩に手をまわす善くんが、彼女に振り回されている善くんが、好きだった。
この「好き」は、友達に向けた「好き」だ。
そうじゃないと気付くまで、私は善くんの女友達の立ち位置にいて、そうじゃないと気付いた成人式の後、善くんと連絡を断った。
下心を持ったまま女友達でいることは、いろんな人を裏切っているようで、また、いつまでもずるずると善くんに片思いをしてしまいそうだったから、善くんに通じる何もかもを断ちたかった。
こんな理由、善くんには絶対言えない。
言いたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます