募り行く滾りを〈律side〉
第86話
友達が声をかけてきたとき、その集団内の顔のいくつかに不安が一切なかったわけではなかった。――とはいえ、だ。もう子どもじゃないから、と安易に割り切ろうとしたのは軽率だったと、確信する状況になってしまった。
わかりやすくくっついてくる彼女たちを拒絶できなかったのは、諒に矛先が向くんじゃないかって危機感から。諒を排除するような話題選びにも、不快感は高まる。
トイレに行った諒を追った不自然な影に気付いたが、役割分担をしていたかのように別の女性たちが俺の動きを封じてきて、彼女たちをあしらうのにかなり手間取った。
何とか抜け出したあとも、「不安だから」なんていう理由一つで女子トイレに押し入ることもできず、トイレの前で髪をかき乱す。
しばらくして、トイレから出てきた3つの見知った顔。楽しそうに嘲笑していた彼女たちは、俺を見つけて顔を引きつらせた。嫌な予感は増幅を止めない。
「あ、律……」
「……何?」
「え、いや……どう、したの? こんなところで」
「……あー」
俺は作り笑いを貼り付けて。
「彼女が心配で」
双眸で威嚇。
「なあ、諒見なかった?」
「あ、ど、どうだろ……」
「ふーん、そっか。トイレってここしかねえから、もうちょっと待ってみるわ。ごめんな、引き留めて」
彼女たちは笑顔を見せる。あ、そっか。うん、まあ、そうしな? てか律、めっちゃ心配性だね。じゃ、じゃあ私たちは先戻ってるね。
こわばった表情。ごまかすような笑顔。既視感も甚だしい。
「――…うん、じゃあ。もう会うこともねえけど」
どうしようもなく大きな焦燥と苛立ちに、押しつぶされてしまいそうだ。
ふいに諒がトイレから出てきた。
俺に気付きびくっと肩を揺らした、その反応に、その表情に、また間違えたことを一瞬で察した。
「帰ろう」と伸ばした手をかわす。「汚いから触らない方がいい」と俺の手を握らない。「何もされていない」とうそぶく。俺を想って「悔しい」と泣きじゃくる。
「この感情が消えたとき以外は別れない」と俺の目をまっすぐ見上げる。
なあ、俺のこれを止めてくれよ。
終わりを提案した俺に、彼女は怒ったようだ。俺の過去に、彼女は傷付いたようだ。悔しいと歯痒そうに泣く、そんな彼女を俺は知らない。
彼女が見せた彼女の傷に、燃えたぎるように熱く、苦しいほどに強く、締め付けられる。予想以上の痛みだ。
これが諒と分け合った一部なら、俺は絶対に痛みを返さない。
怖がらないで。俺を見て。俺に触れて。手を離さないで。抱きしめさせて。
叶うならどうか、解放できない俺に背を向けないで。
「(……あーかわいい)」
余裕もなく、舌を絡める。
「(可愛いっつーか)」
服の上から、彼女のすべてを撫でる。
「(――…愛しい)」
甘い吐息が鼓膜を揺らして、首に回った腕が強まる。
俺は、こんな激情に、もっと綺麗だと思っていた感情の名前を当て嵌めた。
その声は届いただろうか。
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