お揃いの温度
諒side
第74話
土曜日の午後。休日出勤の茅野は「早めに帰ってくる」と言って家を出ていったので、私はこの日家に1人でいた。家事の合間に、早く帰ってこないかな、と時計を気にしながら丸まっていた。そんなときだった。
ピンポーン
呼び出し音は、おおげさなほど大きく部屋に響いた。
私は立ち上がって、インターホンに近付いて、画面に映った見覚えのない女性の姿に立ち竦むことになる。
黒髪がさらさらと揺れている。そこにいたのは、否応なく意識を惹きつけられる、すごく綺麗な人だった。
「(……誰?)」
私は知らないから、茅野の友達だろうか。
友達、なのだろうか。
「……はい」
応答した瞬間、その女性の目がカメラを向いた。
「――…律、います?」
「……出かけています」
「もう帰ってくる?」
「わかりません」
「えー。まあ、いいか。上げてくれない? 部屋で待たせてよ」
固まってしまった私に、彼女は続ける。
「律と待ち合わせしてるんだよね」
「……聞いていないのですが」
「言えなかったんじゃない? 早く開けてよ」
促され、私はオートロックを解除した。
モニターに彼女が映らなくなってから下を向く。茅野に早く帰ってきてほしい、と思って、でも、待ち合わせらしいから、帰ってきたらあの人とどこかに行くのかな、と思って、茅野に望んでいることがわからなくなる。
再び、ピンポーンと音が鳴る。
玄関に向かう足と玄関の鍵を開ける手が、一度ずつためらった。
扉を開ければ、見慣れてきた風景をバックにさっきの女性が立っていて、ああ、これは夢じゃないんだ、と思う。
「こんばんはー」
「……こんばんは」
「お邪魔します」
横を通って部屋に入る彼女から香水の甘い匂いが香った。
「なんだ、結構広いね」
彼女はリビングを見まわした。
「物が少ないのは変わんないのか」
茅野の過去の自室を知っている口ぶりから、親しい関係を連想する。
彼女は茅野の過去の相手なのかもしれない。例えば、彼女とか。
「どうぞ、ソファに座ってください。何か入れましょうか?」
「ありがとう、お茶でいいよ」
「わかりました」
お茶を入れようとキッチンに向かう。
その背中に届いた声。
「律の実家の部屋も、これくらい殺風景だったな」
ああ、背中を向けていてよかった。
お茶を淹れながら考える。やっぱり茅野の前の彼女なのだろう。
ちらっと視線をやれば、その女性は楽しそうに部屋を眺めている。殺風景な空間の中で、茅野の私物はどれかをわかっているような目の動かし方だ。
「(……結構くる、かも)」
何だか少し泣きたい気がして、私は小さく笑った。
湯呑みをソファの前のローテーブルに置き、「どうぞ」と声をかけて、私自身はラグの上に腰を下ろした。
「ありがとう」
彼女はソファに座ると、お茶に口をつけながら興味深そうに私を見つめた。その目力に気圧されてしまう。
「ねえ、名前は何て言うの?」
「松木諒、です」
「諒ちゃん! 諒ちゃんってさ、律の今カノ?」
「……はい」
「へえー、そうなんだ」
彼女の言葉は「意外」と続いた。
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