第25話

一次会が終わって、当然のようにみんな二次会のお店へ足を運んでいく。私も同様にあとに続いた。


すると、突然、隣に茅野が並んだ。



「こんばんは」

「え? あ、こんばんは……」

「今日諒ちゃんとゆっくり話すの、初だから」

「ああ、なるほど」



確かに、一次会の席で引っ張り凧だった茅野と話す機会はなかった。


だから今話に来てくれたのかなって、これもまた、痛い勘違いだろうか。



「諒ちゃん聞いた? 速水のとこ、妊娠したんだって」

「え、そうなの?」

「そー」



笑う茅野はすごく嬉しそうだった。つられて笑って「おめでたいね」と言えば、茅野も笑いながら頷いた。



「写真見たんだけど、速水の奥さん、すげえ綺麗」

「速水も、美人妻って言ってた」

「それまじだよ」

「やるなー」

「速水が自慢したがるのもわかる」



今日もずっとのろけばっかで……と続ける茅野。


私は、やっぱり嬉しそうに話す茅野が好きらしい。何度目かの自覚をする。



そんなときだった。



「あ、律くんだ」



この街だけで、一体何人知り合いがいるのか。すれ違いざまに、女の子が茅野を呼び止めた。


茅野はその子に視線を向けて、困惑したように微笑んだ。その反応を見て女の子はけらけらと笑う。



「ごめん。写真で見ただけだから、実際は初対面なんだけど」

「写真?」

「超イケメンの友達だって、私の友達が見せてくれた」

「誰だよ、ハードル上げたやつ」



茅野は冗談っぽく眉を寄せると、屈託なく笑った。


そんな茅野に、その女の子の中で好感度が上がったと、彼女の表情からなんとなく察する。



「瑞穂だよ。わかる?」

「あ、瑞穂ちゃん? 友達なんだ?」

「そう、高校の友達。瑞穂、可愛いでしょ」

「うん、可愛い」

「お、瑞穂に言っとこ」

「頼むわ」



痛感する。茅野は軽い。


女の子は、そんなノリも気に入ったらしい。茅野を可愛い目で見上げた。



「てか、生の律くん、写真よりかっこいいね」

「本当? ありがとう」

「やっぱ言われ慣れてんだ」

「全然」

「嘘だ。彼女とかいっぱいいそう」

「何それ。いねえよ」

「えー本当??」



私は、2人の空気の変化を感じて、同時に、なんで私まで立ち止まってるんだ、と今さらなことに気付き、静かに立ち去ろうとした。その途中でばっちりその女の子と目が合ってしまった。


彼女は眉を寄せたあと、茅野に疑問を投げかける。



「誰? もしかして彼女?」



間を空けずに茅野は答えた。



「いや、違う」



女の子に向かって、足を一歩踏み出す。



「ごめん、先行ってて」



肩越しに振り返って、そう言うと、



「今、どこ行くとこだった?」

「あー、駅…」

「駅? こっちだっけ?」



彼女を誘導するように、駅の方向に歩き始めた。


「つか名前何?」と彼女に聞く茅野の声が次第に離れていって、喧騒の中に消えていく。



私は、自分の靴を見下ろして、それを反対方向へと動かしながら。



「(…ばーか)」



バカ茅野、と内心で毒突いて、いいよ、別にわかってたよ、と勝手に拗ねる、もっとバカな女だ。



彼女じゃない、知っていたことなのに、本人にはっきり言われると、少し痛いと感じた。私が自惚れていたことを証明するようだった。



彼女じゃない。付き合ってなどいない。そんな特別はどこにもない。


私みたいなやつを「セフレ」と呼ぶのだろう。



だったら、どうしてだろう。私、好きって茅野に言ったのにな。セフレがよこしまな気持ちを抱いたなら、関係は解消されるべきじゃないのか。なのになんで茅野は続けたのだろう。


それとも、もう忘れてしまった? 何回もいろんな人に言われるから、覚えてられない?



茅野の中では、私の中のこんな恋など、些細なものに過ぎないのかな。



しばらくして、茅野は戻ってきた。「何してたんだよー」と周囲から飛ばされるからかいを笑ってあしらいながら、茅野は自然に私の隣に座った。


それから、みんなにはバレないように小さな声で話し始める。



「……諒ちゃん、さっきはごめん」



ごめん? 何が?


謝ることなんて、どこにもないのに。



「いいよ、全然」



それより何か頼んだら? とメニューを茅野に渡せば、茅野はようやく私と目を合わせた。



「ありがとう」



メニューを受け取る。私の手ごと包むように。


手の甲を辿りながら手を離した茅野が「日本酒いいな」と呟く横で、私は動揺をごまかすように俯いた。



「(…簡単だな、私)」



茅野に触れられたところが熱を持つ。茅野がいる片側に意識は集中する。


どうしてこれらはやまないのだろう。どうしてこんなものが消えないのだろう。



「──明日、日曜だよな」

「あ、うん。日曜日だね」



私は茅野が好きだ。


だから、言ったんだよ。



「じゃあ、いい?」

「何が?」



茅野の目に「友達」以外の何かで映りたかったから、好きって言った。



「寝るの遅くなっても」



忘れられるくらいなら、敬遠された方がずっとましだった。



     

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