甘美な酔い

第22話

茅野は、元々ホテルを予約していたみたいだ。


綺麗なホテルに圧倒されている間に、茅野はフロントで名乗って鍵を受け取っていた。振り返った茅野と目が合う。茅野の目は語っているようだ。言葉なく「抱くよ」と。私は勝手に熱くなる。



部屋に入って、背中でばたんとドアが閉まれば、緊張はさらに増していき、顔を上げることさえむずかしい。


入り口で立ち止まる私に気付いて、茅野も足を止めた。



「どうした?」

「……あ、いや、」

「気、変わった? やめたい?」



思わず顔を上げた。



「やめねえけど、ごめんね」



囚われたみたいだ。茅野から目を逸らせない。


そんな私を茅野はふわっと抱き上げた。足が地面から離れてようやく我に返った私は、反射的に茅野の首に腕を巻きつける。



「か、茅野、下ろ…」

「んー」

「いや、下ろし…」

「わかってるよ」



茅野はベッドの上に私を下ろした。自分もベッドに乗ると、私の肩を押してベッドに寝かせた。



スカートで隠れていない太ももを茅野の指が這う。自分の口を塞ごうと手を伸ばした。茅野はその手を捕らえ、指を絡める。恋人つなぎにしてベッドに括り付ける。


せめてもの抵抗で、自由な片腕で顔を隠した。すると、茅野は恋人つなぎをしたまま、もう一方の手で私の頭を撫で、髪に唇を触れさせた。耳や首筋へと、キスを落としていく。



「諒ちゃん、見せて。顔見たい。声も聞きたい。全部知りたい」



やはり唇には触れないまま、囁く。



「俺に抱かれてほしい」



茅野は、顔を覆う私の腕に触れた。腕をどけてという意図を察して、首を横に振る。



「嫌、だ」

「…なんで?」



拒否も虚しく、茅野は腕をどかせた。



「……嫌だ、見ないで」



あらわになった顔を背け、乞う。



頬は紅潮して、視界は歪んで、耳まで熱い。


私はきっと、茅野を好きで仕方がない、そんな表情をしている。


隠したい。だって茅野は知らない。私が茅野のことを、茅野が本命の子に向けた気持ちと同じくらい好きなことを、茅野は絶対知らない。



茅野は私の腕を離した。


それを「隠していい」という意味に取った私を嘲るようだった。茅野は笑いながら私の頬を両手で包んで私の顔を固定して、不敵に口角を持ち上げた。



「──…くっそ可愛い」



目の奥を覗き込むようなまなざしで見つめ、茅野は少し掠れた声を聞かせた。


その目に熱を見る。耐え切れず目を逸らした私に、茅野は擦り寄るように額を合わせる。



「余裕ねえっつうのにどうしてくれんの? 可愛すぎ。本当卑怯」

「可愛くな…」

「可愛いよ」



少しかさついた指が私の首筋を辿る。



「可愛すぎて困ってんの、わかんねえ?」



茅野は首に噛みつき、そこをぺろっと舐めた。茅野の舌と指は、ゆっくり下降していく。それはあまりにも熱くて、甘くて、私はぎゅっと目を閉じた。



茅野が落とす刺激に反応しないことは不可能だ。簡単に体が跳ねる。


私は全身で茅野への想いを晒してしまっているのに、刺激を落とす茅野は余裕を持て余しているようで、あの日交わした「好き」の温度差を突きつけられる。



茅野は私が顔を背けることを許さず、熱を帯びた私に満足そうに微笑する。声を殺すことも許さず、小さく漏れた声に甘く目を細める。



茅野は余裕で、理性をずっと保っていて、涼しい顔を崩さない。


私ばかりが大好きで、その差はきっと埋まらないのだろう。同じ夜を過ごすたびに痛感する。



    

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