第20話
土曜日の午後は、呆気なくやってきた。
「(緊張がもう…)」
迎えに来てくれるらしいが、耐え切れずにアパートの外に出てきてしまった。
ただ、出てきたところで状況は変わらない。
「(緊張がもう…!)」
一応人の邪魔にならない場所を選んで、座り込み、膝に顔を埋めた。
今日まで、どんな服を着ようかと悩むに悩んできたが、茅野が以前「ミニスカートを履いてほしい」と言ったことを思い出して選んだ、普段は履かないそれ。
無性に恥ずかしくて、でも近付きたいものがあって、少しだけでいいから特別をくれないかと、心もとない丈に願う。
ふと、車が目の前で止まる気配に顔を上げた。
「諒ちゃん」
運転席に見えた、茅野の笑顔。
「(…あー、どうしよう)」
私は無愛想に頭を下げながら。
「(すごい、会いたかった…)」
そんな気持ちは溢れないように唇を噛んだ。
助手席を開け「お邪魔します」だか「ありがとうございます」だか、あやふやな挨拶をして乗り込んだ。
茅野の車に乗るのは初めてだった。運転している茅野を見るのも初めてだった。
まっすぐ前を見る真剣な横顔とか、慣れたように片手を離す仕草とか、私の視線に気付いて「どうした?」ってこっちも見ずに聞くこととか……近い距離、覗いた腕、茅野の香り……何もかもすべてにどきどきして、なぜか泣きたくなる。
私は顔を背けて窓の外に目をやって、私にも茅野をそうさせる何かがないものか、と必死に探すけど、どこにも見当たらない。
「(…いつも、私ばかり好きになる)」
仕方ないこと、だけれど。
これといった目的地もないドライブに、緩やかに過ぎていく時間。
しばらく走ると、茅野はコンビニに停車した。
「ちょっと休憩。諒ちゃん、一緒に降りる?」
降りようかな、と考えたが、すぐに意を翻した。
自分で履いてきておいて言うことではないが、人目に触れることを恥ずかしいと感じたのだ。慣れないスカートと、裾から延びる生足を。
「いや……待ってる」
「わかった。何か飲む?」
「私は何もいらないよ」
「おっけー。じゃあ、ちょっと待ってて」
茅野が車から降りる。
茅野が見えなくなったことを確認するや否や、項垂れながら息を吐き出した。項垂れれば自分の生足が見えるので、もう最悪だ。
「……失敗した、」
茅野は何も言わなかった。多少なりとも反応があると思っていたから、慣れない格好に加え、いい反応を期待していた自分が、ひどく恥ずかしい。
美脚じゃないからだろうか。私が女らしくないから、あまりにも似合わなかった? 落ち込む答えしか導きだせない。ごまかすようにスカートの裾を引っ張るが、丈など今さら変わりようがない。
時間を巻き戻せたらいいのに。
そしたらこんな無茶はしない。
がちゃっと音がして、運転席のドアが開いた。
戻ってきた茅野は「よかったら」と私にペットボトルを差し出すと、自分は缶コーヒーのタブを開けた。
「…ありがとう」
「いいえ」
「いただきます」
「どうぞ」
一口飲んで「美味しいです」と呟けば、茅野は無防備な笑顔を見せて「よかった」と言った。
そんなこと。その笑顔に私はまた、何度目かの自覚をして、
「(…好きだな)」
ペットボトルをぎゅっと握りしめる。
ずっと会いたいと思っていた。そばにいたら緊張して、逃げたくなるほどの落ち着かなさがあって、けれども大胆な自分がいて、触れたいという欲求を持て余す。すごく手を繋ぎたくなる。強く抱きつきたくなるの。
キスだって一度くらいしたい、けど――。
なんとなく俯いて、沈黙の中でペットボトルを見下ろしていれば、茅野の優しい声が耳に触れた。
「諒ちゃん、晩飯何食いたい?」
「あ…うーん……」
「和食かなって思ってたんだけど」
「……好き」
「和食?」
「和食。1番好きなんだ」
「うん、知ってた」
茅野は私に横目を移すと、柔らかく目を細めた。
「大学のときから、知ってたよ」
ほら、また、好きになった。
この心の揺れ方は、悲しみに似ている。
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