君との距離は
第19話
茅野に好きだと言った。茅野は好きだと返してくれた。
変化といえばやけに茅野が甘くなったことくらいで、風邪のせいだと言われれば私は何も言い返せない。
連絡を取り合うようになったわけでもない。頻繁に会うようになったわけでもない。
というか、連絡はお見舞いのお礼が来たくらいで、あの日以降一度も会っていない。
例えば「会いたい」とか、いや、そんなものじゃなくて「お疲れさま」だけであったとしても、文字を打ち込むまではできるんだけど、それを送る、たったそれだけのことが難しい。
仕事で疲れてるだろう。そして私も疲れている。そんな小賢しい言い訳。
それくらいエネルギーが必要なことなのだと、また繰り返す、情けない言い訳。
ベッドに寝転がって、LINEを開く。文字を打ち込んで送信を押すだけだというのに、私は1時間以上このままの体勢でいる。
「(……明日にしよう)」
腕を下ろして、目を閉じた。
目を閉じると勝手に思い出してしまう、彼のあの言葉。
──俺も好き…。
私は堪らず、寝返りを打って枕に顔を埋めた。
あれは何と言うか「売り言葉に買い言葉」的な感じであって、みんなに言ってるということは知ってる。それなのに、こんなにも胸を締め付ける。
液晶に指を滑らせる。可視化された気持ちに苦笑して、茅野に会いたいなあ、と目を閉じた。
朝起きてスマホで時刻を確認する。7時ちょうどを示す画面は、寝ぼけまなこを一度に覚醒させた。LINEの受信通知が来ている。アイコンの写真は茅野のアイコンのそれと一致していて、何ならアカウントの名前も一致していて、まあ、つまり、茅野からLINEが来ているということであって――。
がばっと上体を起こした。
【土日空いてる?】
【泊まりで遠出しない?】
私、まだ、夢の中にいるのかもしれない。
茅野から連絡がきた。それも、お誘いの連絡が。
「(こんなことって……)」
朝から得ていい幸福量だろうかと戦々恐々としながら――嘘だ、逸る胸に落ち着けと命じながら、お誘いに乗りたい旨を伝えようとした。
茅野とのトーク画面を開く。
眠る前に茅野にLINEを送ろうと悶々としていたことを思い出せば、多幸感は一層増すばかりで――…。
「(ん…?)」
わくわくが収まった。
開いたトーク画面の一番下、左側に二つの吹き出し――があるのは、胸を躍らせた「新規メッセージ」だが、その斜め上に一つ、吹き出しがある。すでに「既読」を表示している、私が発信したメッセージ。
寝る直前にか、寝ながらだろうか。もはやそんなタイミングなんてものはどうだっていい。私は昨夜誤って送信を押してしまったらしい。
それも、「好き」などという、絶望的な2文字を。
終わった。脈略がなさすぎる。だから何? って話だ。合わせる顔がない。あああ…! と枕に顔を埋め、ばたばたと身悶えする。
茅野は引いただろうか。反応に困っただろうか。何かフォローしてごまかした方がいいんだろうか。例えば、好きな映画は何? って送りたかったの……みたいな。
あれこれと考えたあとで、あの「好き」への返事が朝一で目に飛び込んで来たお誘いだったのだと思いいたる。
そうだ、そうだった。茅野は確かに困ったかもしれないが、私の誤送信などすでに茅野が華麗に解決してくれているのだった。見事なまでのスルー。いわゆる、大人の対応ってやつで、なかったことにしてくれている。
つまり、私は別の問題に頭を使うべきだということだ。
茅野は誘ってくれた。泊まりで出かけないか、って。
「(泊まり……)」
さっきは茅野が誘ってくれたことに浮かれて即答しようとしていたが、冷静に考えればとんでもないお誘いだ。
枕にぼすっと顔を埋めて、声にならない声をあげる。
だって、こんなの初めてだ。お酒や雰囲気の流れでも慰める意図でもない。予定を合わせて、待ち合わせをして、最初からそのつもりでデートしよう、なんて、初めて。
恥ずかしい。でも嬉しい。どきどきする。
可愛い下着を新調しないと、と思った私は完全に浮かれている。
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