第18話

私を家に招いてくれたのは、気紛れですか? 同情ですか? 優しさですか?


勝手に勇気をもらってもいいですか?



本命の子はまだ捕まえられていませんか? 少しくらい希望はありますか?



困りませんか? 困らせてもいいですか?



敬遠しますか?


それでもいつか笑いかけてくれますか?




好きです。好きなんです、茅野のこと。



そんな声を、聞いてくれますか?





「(……着いてしまった)」



飲み会を抜け出して、閉店間際のお店で買い物を済ませた私は、2度目となる茅野の住むマンションと対面する。


駆けて来たせいで肩で息をしながらインターホンに手を伸ばすが、意気込んでここまで来たというのに、震えるだけで触れることすらままならない。



「(あー、もう……)」



一旦落ち着こうと、頭を抱えて息を吐き出した。


そのときだった。



「──諒ちゃん?」



振り返る。マスクをした茅野が立っている。


予想外のことに頭がパンクしそうだ。



「……こん、ばんは」



とりあえず挨拶すれば、茅野も反射で「こんばんは」と返した。



「どうかした?」

「あ、えっと……風邪って伺ったので、これ、お見舞いに…」



買い物袋を差し出せば、茅野はまだ困惑しつつも「ありがとう」とそれを受け取った。手持ち無沙汰になり視線を落とす。



「今日、飲み会だよな? どうだった? 速水嬉しそうだった?」



茅野は優しく目を細めた。


私はなぜかその表情にひどく泣きたくなった。



「嬉しそう、だったよ」

「そっか。よかった」

「茅野が来なくて、ちょっと速水、寂しそうだった」

「何それ、見たかった」



おかしそうにそう言って、茅野は小さく咳をした。



「やばい、諒ちゃんに移すとだめだな」



一歩下がって、「じゃあ、これありがとう」とさっき渡した買い物袋を持ち上げて笑うと、背中を向けて歩き出す。



茅野が行ってしまう。


まだ何も伝えていないのに。



焦って、頭が真っ白になって、ここに来るまでに考えた言葉も忘れて。



「好きです!」



その背中に叫んでいた。


茅野が目を丸くして振り返る。私は子どものような告白が恥ずかしくて、勝手に浮かんだ涙をごまかしたくて、下手な笑みを浮かべた。



「あ…、そうじゃなくて、茅野が……えっと……」



言葉が何も出て来なくて、力の入らない手は情けなくも震えて。



「待って、違う……ごめんね、あの…、ごめん…」



下を向いた瞬間、涙が落ちた。


でも泣いている場合じゃない。ぐいっとそれを拭って、情けない顔を上げる。



「――…好き」



何て言ったらいい? どう伝えたらいい? 頭が動かない。



「茅野のことが好きです」



これ以上、言葉を知らない。



「(こんな下手な告白じゃ……)」



すると、ふいに茅野が動いた。


数歩の距離はすぐに失われて、私はぎゅっと抱きしめられている。



暖かい、力強い抱擁の中で、私は呆然と立ち竦んだ。私を包み込む力は強くて、隙間なく抱き寄せられていて、余計に何が何だかわからない。



「諒ちゃん」



耳元で囁かれる声は、体の中で切なく響いた。



「ありがとう」



茅野はずるい。



「──俺も好き…」



そんな言葉を、そんな声で言うなんて。



茅野は少し離れると、マスクをずらし、私の瞼にキスを落とした。


そのまま至るところに唇を触れさせていく。



「全然足んねえ。もっと言って」



それを受けるいっぱいいっぱいな私は、腰を引き、可能な限り距離を取って、茅野の前に手のひらを向ける。



「ちょっと、あの、ここ外……」

「ん?」

「そ、それに、風邪……」

「ん?」

「茅野…!」



茅野は私の悲痛な声に笑い、「ごめん」と髪にキスをする。


そうして再び抱きしめると、ぎゅっと強く、強く力を込めながら、ひどく切ない声で言った。



「――…もう1回、言って?」



胸が締まる。


ひどく苦しい。



「…好き、です」

「もっと」

「好き」

「うん」

「好きだよ」

「うん」

「茅野、」

「ん?」

「……触っても、いい?」

「…うん、触って?」



私はぎこちなく腕を茅野の腰に回し、弱く胸に寄りかかった。


すると、あー…、と茅野は唸って、私の髪に顔を埋める。



「なんで俺風邪引いてんの、まじで最悪だわ何もできねえ」

「…、」

「諒ちゃん、また連絡する」



茅野は顔を背け、「すぐ治すから」と困ったように笑った。




     

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