踏み出す一歩

第17話

大学のときの仲間の1人が結婚するという吉報を受け、急遽お祝いの飲み会が開かれることになった。



「えー、ではね、速水くんから一言!」

「あ、どうも、速水です。このたびは私のためにありがとうございます。えー、まあ何と言うか、みなさんより先にね、美人妻を迎える運びとなりまして、何だか、こう、ものすごくいい気分でございます」



速水の挨拶に、周囲から野次が飛ぶ。


野次を飛ばすみんなも、それを受ける速水も楽しそうに笑っていて、私も声を出して笑った。



「まあ、このまま話してても自慢が止まりそうにないんで、この辺にして。じゃあ、いっすか? 俺の結婚に乾杯!!」



速水がグラスを上げて、「かんぱーい!!」という声が重なった。


どんちゃん騒ぎとはまさにこのことで、この席は静まるところを知らない。



「結婚式はすんの?」

「いや、予定してねえけど。まあ、するなら来るだろ?」

「行くよ!!」

「俺が歌ってやろう」

「いらねえよ。お前無駄にうまいもん」



けらけらと笑いながら戯れるみんな。


ノリがもう学生だ。



「でも、式に茅野は呼ぶなよ? 女の子が全員持って行かれる」

「それはだめだ。俺はお前らの結婚式に出会いのすべてをかけてるからな」

「重いよバカ」

「つか、茅野はなんでいねえの?」

「あー、風邪でダウンしてるらしい。俺の祝いの席に何してんだ、あいつは」



速水は不服そうに眉を寄せた。


風邪だったのか。初耳だった私は、大丈夫なのだろうかと考える。



それにしても、茅野も不本意だろうな。結婚なんてもの、全力でお祝いしたかったはずだ。



「茅野が今日来ないってことは、相当ひどいんじゃ」

「見舞いでも行くか?」

「いや、酔っ払いが押しかけてもな。それに、誰か呼んでるだろ」

「確かに。女に看病してもらってるとこに踏み込むなんて、迷惑すぎる」

「もしかしたら、風邪プレイを楽しんでるかも……」

「何だよ、風邪プレイって」



男性陣の下世話な妄想に、茉央は「あいつらバカなの?」と呆れた顔で笑った。同じように笑いながら、看病を頼んでいるなら大丈夫か、と安心しようとする。


すると「それはねえよ」と笑い飛ばした1人。



「茅野ってさ、緩そうに見えてガードかてえじゃん」

「固いか?」

「現に俺ら、茅野の家知らなくね? ちなみに俺は知らん」

「ああ、俺も」

「私も」

「そういや俺も知らねえわ」



自分も茅野の家を知らないと、続々と同意が集まる。



「ほらな、誰も知らねえ。大学のころからそうだから、茅野って部屋に誰かあげんの、すげえ嫌いなんじゃねえの?」

「言われてみれば、大学のときよく、律くんの家どこ? って女の子に聞かれたような……」

「あー、あったな。あれは怖かった……」



茅野の過去の話が広がりそうな流れを察知して、すでに酔っているのであろう速水は、どんっと音を立ててジョッキを置いた。



「今日の主役は俺! 茅野の話はいいよ、もう」



話題が移り変わる。速水の結婚という本題へみんなの意識が戻っていく。


私はそれにうまく乗ることができなかった。



あれは偶然だった。


たまたま家の近くで会ったから案内してくれた。たまたま、茅野の使った思わせぶりな言葉が「ご飯を作りに来て」だった。ただそれだけだ。



よっぽど変な顔をしていたのだろうか。



「どうしたの?」



隣に座っていた茉央に尋ねられる。


顔を上げれば、茉央は優しく微笑んでいて、「何でもない」と言いかけた声に詰まった。



「茅野大丈夫かなって思って」

「ああ、どうかな。私もさっきまで、誰かしらが看病してるって思ってたから、ちょっと心配になってきた。私も家知らないしな」



茉央はお酒を傾ける。



「茅野はさ、まじでバカなんだよ」

「バカ?」

「頼んだら引き受けてくれるし、困ってたら助けてくれるけど、でも自分は絶対、助けてって言わないよね。器用なふりしてるだけなんだよなー」



茉央は私を横目に見ると、「誰かさんと一緒だね」と悪戯に笑った。


私は、言葉に詰まって目を逸らす。ぎゅっと握った手のひらに爪が食い込む。



「――茉央、茅野は優しいね」

「そうだね」

「優しいから、困るかな」

「んー?」

「……嫌われたくないな」



もう手を払われたくない。傷付きたくない。怖いな。痛いのは嫌だな。


でも――…。



「茉央、頑張れって、言って…」



どうしよう。



「頑張れ、諒!!」



大好きなんだ。




     

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