第14話

個室に入ると「おせえよ!!」と異様なほどの盛り上がりが私たちを迎えた。男女問わずみんな、少なくない量のお酒を飲んでいるようだ。


昌くんが「彼女の春香ちゃんです」と紹介すれば、「可愛いー!」をはじめとした黄色い声が室内に飛び交う。春香が自己紹介すれば歓声が湧く。



「(口笛まで…)」



異空間のような騒ぎに思わず小さく笑ったとき、自己紹介の順番がまわってきたのか、急に静まり返った彼らから視線を向けられていることに気付いた。


私は慌てて「初めまして」と口を開く。



「松木です。春香の同僚です。よろしくお願いします」



すると、ノリのいいみなさん。



「下の名前は?」

「あ、諒って言います」

「諒ちゃんね」

「諒ちゃん、いくつ?」

「ばかやろー、女性に年齢を聞くんじゃない」

「はい! 諒ちゃんは彼氏いんの?」

「俺、あんまそういうの気にしねえし、今夜どう?」



それはとても、茅野の友達らしい冗談だった。


うまい返しも浮かばず、とりあえず笑えば、私の隣にいた茅野が初めて声を発した。



「おい、聞け。諒ちゃんは俺のです。口説き、お触り、一切お断りなんでよろしく」



威圧するような口調で堂々と嘘を吐く茅野。


それを聞いたみんなは目を見開き絶句している。その隙に茅野は私の肩を押して誘導し、隅の席に座らせるとその隣に腰を下ろした。


春香は……と目で探れば、春香は昌くんによって別の席に移されている。離れてしまったが大丈夫だろうか。離れてしまっては私が今日ここに来た意味がないんじゃないか。茅野に異議申し立てを行おうとした。


そこでようやくみなさんが放心状態から抜け出した。



「え、律の彼女?!」

「嘘だろ!? 律、彼女いんの?」

「えー、諒ちゃん、律のかよ!」



口々に驚きを声にし始め、室内は再び大賑わいに戻った。


彼らの声は完全に無視するつもりらしい茅野は呑気に、「諒ちゃん何飲む?」とタブレットを手に取る。



「あ、でも、今日は酒やめようか」

「え?」

「大丈夫、俺ももう飲まねえから」

「いや、飲ませてよ。私今すごく酔いたい」

「だめだって」

「なんで?」

「わかんねえ?」



茅野は横目に見て苦笑する。



「つけ込まれて持ち帰られるからだろ」



ノンアルコールのページを表示しながら、「隙あんの自覚して」と頓珍漢なことを言う。



持ち帰られないよ。私、隙なんてないよ。夜の誘いの全てを受け入れるわけじゃないし、付き合ってない人と寝たりしない。――茅野以外が相手なら。


そう言ったら茅野は、どんな顔で何を言うだろう。



茅野の友達は、茅野の彼女たるものに興味津々らしい。



「なあ、まじで彼女?」

「どこで知り合ったの?」

「いつから付き合ってんの?」

「律の何がいいの?」



何かと話しかけてくれたが、全員、茅野が語尾に「向こう行ってろ」をつけて追い払ってしまった。


不思議そうに尋ねる人も、好奇心をあらわにしている人も、冗談を言ってからかう人も、最後はみんな「律のことよろしく」と私にだけ聞こえるように囁いて追い払われるから。



「(…愛されてるな)」



何だかんだ言って仲良しなんだろうな、と実感すると同時に、嘘を吐いていることが心苦しくもあった。



本物の彼女だったら、茅野は彼らを追い払ったりせず、誠実に応えられたのではないか。



「(本物の彼女だったら……)」



茅野はどんな態度で、その女性に接しただろう。


知りたくなんかないけれど。



    

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