現実の話
第12話
2ヶ月に1回くらいのペースで、大学のとき連んでいた仲間との飲み会は開かれる。
私は彼らが好きで、仲間のうちの1人である茅野もまた、彼らのことが好きなようだ。
「茅野ー、誰か女の子紹介してくれ」
「どんな?」
「可愛くて、美人で、優しくて、おしとやかで、隠れ天然で、色っぽくて、俺を毎日癒してくれる女の子」
「何それ、俺も紹介してほしい」
茅野は無防備に笑った。
「お前はこれ以上知り合わなくていいだろ」と酔った男性陣に一斉に攻撃され、茅野はさらに楽しそうに笑う。
それから少し経ったころだった。
「そうだ」
ふいに声を上げたのは、仲間の1人の
「茅野ー」
茉央に手招きで呼ばれた茅野は、茉央の隣に移動してきた。
「何?」
「茅野、お願いがある」
「うん」
「私の彼氏になってください」
茉央は手を合わせてお願いする。
茉央のお願いの聞こえた周囲はざわざわとするが、お願いされた当の本人には全く驚いた様子がない。
「なんで? 茉央ちゃん彼氏いなかった?」
「いるよー。いるけど、ひ弱なもので」
「ひ弱じゃだめ?」
「んー、あのね、今しつこい人に言い寄られててさ、彼氏いるって言っても引かないんだよ。だから茅野が彼氏のふりしてがつんと言ってくれ」
茉央は軽く頭を下げる。
茅野は「大変だな」と心配そうに眉を寄せた。
「いいよ。でもがつんとって何言えばいいの?」
「そこはこう、イケメンにさらっと」
「無茶言うなよ」
「私を彼女だと思って」
「……え、何、手出すな、とか?」
「甘いな」
「甘いのか」
笑う茅野。
「茉央ちゃんの理想は何?」
「え? んー…、ちゅーかな」
「言葉じゃねえんだ。つか、彼氏としてろよ」
「わかんないかな。濃厚なキスをしながら、流し目で牽制、だよ」
「それで女の子、落ちる?」
「落ちる落ちる。寧ろ瀕死」
「まじすか。いいこと聞いた」
冗談まじりにそう言う茅野に、私は漠然と、他の子とならキスすることを知る。
茉央の話から2、3回、話が移り変わり、席もぐちゃぐちゃに入り乱れたころ、私はトイレに立った。戻ってくると、さっきまで座っていたところには別の人が座っている。
見回せば、空いている席の1つが端っこだった。隅が好きな私はそこに近付き、腰を下ろそうとして、隣が茅野であることに気付く。
「あ、諒ちゃん」
同時に茅野も気付いたらしく、後ろに手を突いて笑っていた茅野は、顔を上げて私に微笑みかけた。
愛想もなく一度頷くと、腰を下ろす。そのときに手を置く場所を間違えたようだ。偶然、茅野の手に触れてしまった。
ごめん。謝ろうとする。
声になる前に、茅野は私の手を払った。
驚いた。
でも、我に返った途端に焦りながら「ごめん」と平謝りする茅野を見ていて、すぐに平常に返る。
「ううん、こっちがごめんね」
ひらひらと手を振りながら、本当は少し痛んだどこかから目を逸らした。
「──いや、ほんとごめん」
やり直しをするみたいに、茅野は私の手を捕らえる。
「なんか、間違えた。ごめん。ごめんなさい」
ぎゅっと握りしめて、私を見ようともせず謝る。
別にいいのに。気を使わなくていいのに。嫌なら嫌で全然いいのに。
「手、離していいよ」
私は捕えられた手を抜いて、笑った。
「茅野こら、お前は何をしてんだ」
茅野の向かいにいた茉央は、一部始終を見ていたのだろう、テーブルの下で茅野の足を蹴り「諒こっちおいで」と手招きした。
呼ばれるがままに茉央の隣に座ると、茉央は茅野を睨みながら両手で優しく私の手を包み込む。
「あのバカに触られたのはこっちの手か? かわいそうに」
私より小さな手が暖かく、茅野の手とは全然違って、そんなことが面白くって、私は思わず笑いながら、でも握り返すこともできずに「よしよし」と手をさする茉央を見ていた。
茉央は私を見上げて少し笑うと、茅野を睨んだまま茅野に聞こえるように囁いた。
「そんなんだから、まじの子は逃すんだよね」
“まじの子”
その声に固まりそうになった私は、そうとバレる前に表情を取り繕う。
茅野は「おい」と低い声を茉央に向けたが、茉央は相手にしないので、諦めてため息を吐いた。
「茅野、本気の子いるんだ」
「らしいよ。けど取り逃がしてばっかみたい」
「へえ、珍しい」
「そこら辺の女には軽々触れるくせに、まじだと触れられないそうで」
「あー、それはまあ、何と言うか……」
悪ノリしながら目を移せば、茅野は心底うっとうしそうに「うるせえ」と眉を寄せていて、ああ、本当に本命がいるんだな、と思う。
「(簡単に触れられない、とか、そんなに……)」
私はいとも簡単に私に触れる茅野しか知らない。
そりゃあそうか。嘘偽りない笑みがこぼれた。
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