第11話

崇がどこかに行き、同時に、周囲から視線を集めていることに気付いた。私は慌てて体を引く。



「あ、ごめん……巻き込んで、その……ごめん。もう大丈夫だから」



茅野は私の「大丈夫」を聞かない。


離れようとする私の手首を掴み、目線を合わせた。



「──抱いていい?」



ストレートすぎる言い方に、冷水を浴びせられる。



「(話、聞こえてたのか……)」



そうだとすれば恥ずかしいことを知られた。


同情だろうか。気を使わせてしまっただろうか。



「(何にしろ…)」



苦笑しながら首を横に振った。「悲しいわけじゃないし」とか「泣いたのは怒りからで」とか、いろいろと言葉を並べて、結局「本当に大丈夫だから」とまとめた。


茅野はそもそも「抱いていい?」と冗談で発したのかもしれない。食い下がることなく、私の拒絶を受け入れた。



「じゃあ、何もしねえからうち来てよ」



「ここから近いから」と駅の方向を指す。



茅野の家……。想定外の誘い文句に言葉を失ったが、ここでお言葉に甘えるのは違うということだけは確信し、「大丈夫だから……」と首を横に振ろうとする。


そこへ茅野の声が重なった。



「大丈夫とか、そういうのは知らない。俺が諒ちゃんともっと一緒にいたいだけだよ」



心臓が不自然に動いて、茅野を好きだとうるさい私の居場所を知った。


もう断りの「大丈夫」は声にならなかった。



茅野の部屋は広くて、とにかく殺風景だった。


小さくなる私を若干面白がりながら、茅野は私にマグカップを渡し、隣に座った。カップの中には暖かなコーヒーが入っていた。一口飲んで「美味しい」と呟くと、茅野は屈託なく笑った。



「俺の特技」



その笑顔に募るものを見透かされてしまいそうで、私は目を逸らして、カップに口をつけた。



茅野は優しい。友達思いの、残酷なほど優しい人だ。


もし私が胸に溜まったものを明かせば、きっとすごく困るんだろうな。



隣で同じコーヒーを飲む茅野はスーツを身にまとっていて、仕事帰りにあの現場に居合わせてしまったと察する。仕事で疲れているだろうからほうっておいてもよかったのに、茅野は割って入ることを選んだ。


泣き出した私を放り出さないことを選んだ。



コーヒーが半分ほど減ったとき、茅野はふいに話を戻した。



「諒ちゃんの彼氏って、あいつ?」



私は茅野を見上げた。


綺麗なその目を見つめながら黙って首を横に振った。



「じゃああいつ誰?」

「……知り合い?」

「いや、」

「ほぼ他人」

「諒ちゃん」

「嘘、ごめん。言いたくない」



すがりつくようにマグカップを握る。



「茅野がどこから見てて、何を聞いてたのかわかんないけど、でも、お願い、忘れてほしい」



かっこわるい。恥ずかしい。引かれたくない。


幻滅、しないで。



私はカップを傾け、急いでコーヒーを飲み干してしまう。



「ごちそうさまでした。本当にありがとう。じゃあ私帰るね」



別れを告げて立ち上がろうとすれば、視界が斜めに歪んだ。茅野が二の腕を掴んで、私の動きを封じたせいだった。



「だめ」



茅野は平然と言う。



「そう簡単に帰すかよ」



私の髪を梳く茅野の手つきは、友達じみていないのに。



「俺は諒ちゃんのこと大事なんだよ。──…友達、が泣きそうなのに、そのまま帰せねえよ」



決して甘くはない言葉を紡いだ。



「(友達……)」



私は「そっか、ありがとう、嬉しいよ」と笑って。



「…嬉しいな」



繰り返しながら俯いた。



そうだね、私たちは友達だ。2回ほど間違いはあったけど、まだちゃんと友達だ。


わかってるよ。



「けど、友達なら」



体を引き、茅野の手から逃げた先で茅野を見上げる。



「友達なら騙されないでよ。誰が泣きそう? 私、泣きそうなんかじゃないよ」



からかうように言う。


そしたらなぜか茅野が顔を歪めるから、泣きそうなの茅野か、と思って、触れたいなと思って、けれどもその手は1mmとして動こうとしないのだった。



    

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