抜け出せないレッテル

第10話

嫌なこととは重なるものらしい。


あれから1ヶ月ほど経ったころ。茅野が以前挙げた駅名の方に仕事で行っていた日の、上司と別れたあとのこと。



「(疲れた……)」



駅に向かって、疲労からふらつく足で夜道を進んでいれば、誰かと肩がぶつかった。



「すみません」

「こちらこそすみません。大丈夫ですか?」



慌てて頭を下げて、同じように頭を下げた相手と同時に顔を上げて、



「あ…」



2人して、固まる。



相手は、スーツを着ていた。昔より精悍な顔つきになっていた。


それでもわかった。



「──…崇?」

「諒……」



彼は私の元カレだった。


この辺りに住んでいるのか。先日送られて来た封筒の住所なんか気にしていなかった。



我に返ったのは私の方が早かった。



「……久しぶり」



惰性で笑顔を貼り付けたあとは、軽く顎を引き、すぐに背中を向ける。そのまま逃げるように足を動かす。



「待って、諒!」



余裕のない声音で叫んで、崇は簡単に、平然と、何てことない顔をして、私の腕を掴んだ。



「時間ない? 話したいんだけど」



そういう目で見えなくなった。


当時、その言葉で終わりを告げた彼は、私に触られることを嫌がって、何度私の手を払ったことだろう。



「……離して」



崇を振り返り低い声で拒絶すると、崇は手を離しながら「こええ」と呟いた。


途端にすごく悔しくなる。



「なあ、なんで式出てくんねえの?」



崇の顔に呆れを見る。その中には若干の軽蔑が織り交ぜられている。



「ごめん、都合が悪くて」

「亜美、すごい残念がってた」

「そうなんだ。じゃあ謝っといて」

「お前さ、ちょっとひどくない? 急に音信不通とか、亜美の気持ち考えなかったの?」



ひどいのはどっちだ。影で浮気してたあんたたちはひどくないの?


縁を切った理由もわかんない? 私そんなにいい人じゃないよ。



それらを声にすることもできず、私はただ笑った。



「そうだよ、私ひどいやつだから、崇の顔も見たくない。だからバイバイ」



崇は苛立ちをあらわにし、おおげさにため息を吐いた。



「なあ、あんま幻滅させないでくんない? お前と付き合ったこと、これ以上後悔させんなよ」



――なんて、勝手なこと。


とりあえず笑ってみることにした。笑ってみて、下手な笑いだなと唇を噛んだ。



「確かに曖昧にしたのは悪かったけど、悪いのって俺だけ? 諒も諒じゃない?」



私も私。それは私の中にあった想念だ。



「可愛い女の子って感じじゃないんだし、限度はあるだろ。そそられないのにヤルのは無理ってわかんねえかな。今の彼氏も無理してるんじゃない?」



悔しくて溢れそうになる涙を堪える。


私は崇を睨みながら挑発するように笑って、それでも強がる言葉に詰まってしまえば、ああ、その通りだと、諸手を挙げて降参しそうになる。



そうか、私、崇や亜美を責める立場にないのか。崇の意思表示を無視して、たくさん触れて、たくさん求めたんだから、私も私なんだ。


目を伏せ、謝罪の言葉を口にしそうになったときだった。



「諒ちゃん」



まるで謝るなと言うようだった。後ろから肩を引かれた。


見上げれば、怖い顔をして崇を睨む茅野がいて。



「――…こいつ誰?」



私は泣いてしまいそうになった。


何とか食い止めようと、息を吸い込んで、ぎゅっと手のひらを握りしめて、歯を食い縛る。



「……何でもない。ただの知り合い」



踵を返し、「行こう」と茅野を引っ張ろうとした。その手は茅野に触れる前に、払われるのではないかと怯えてぴたっと動きを止めた。


不自然さをごまかそうとへらへらと笑い、後ろに手を隠して歩き出した。



そんな私の腕を茅野は掴んだ。


触ってもいいんだよ、と伝えるような強さで。



茅野を見上げて、掴まれた腕を見下ろして、「ごめん」と呟いた瞬間、ぼろっと落ちた涙を拭った。それでも溢れて、溢れ続けて、拭ってもきりがなくて、私は腕を目に押し付けた。



「ごめん……」



唇を噛んで嗚咽を殺す。


茅野は私を抱きしめた。宥めるように頭を撫でる。撫でながら崇を見据え、とても低い声を出した。



「――いつまでいんの? お前もう用ねえよ」



聞いたこともない声。


私のためにあらわにされた怒りが、ひどく暖かかった。




   

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