痛かったこと

第8話

茅野とは大学で出会った。


第一印象は「軽い」で、それは一瞬も覆ることなく今なお継続されている。



彼は、軽くなるのもわかるくらいモテる人で、モテるということは然るべき要因があるということだ。気が利くとか、優しいとか、一緒にいて楽しいとか、頭がいいとか、すごく屈託なく笑う、とか。


彼氏と別れたとき、笑わせてくれたのも彼だった。



軽いことも、友達の立場でなら呆れるだけで済む。それで軽蔑するには長所をたくさん知りすぎた。



茅野は友達だ。いい友達で、気が置けない友達で、好きな友達だ。


意識しなければ、純粋に好きなままでいられる。



それなら、生まれた意識は消してしまえばいい。そこに救いはないと知っていながら、足を進める必要なんてない。




友達と異性との、実は曖昧で低い小さな堺。


越えてしまったことがあるなら、もう一度戻ればいい。なかったことにして、記憶から消してゼロにして、すでにそうしている彼を見習って、忘れてしまえばいい。




ねえ、そうでしょう?




わかっていてなぜ、こんなにも強固に残り続けるのか。友達なんかじゃなければよかったのか。人として好きなったあとなんかじゃなければ、もっと簡単に剥がれ落ちたのか。




私は一度、記憶がなくなるほど飲んだことがある。


元カレと親友の両方から裏切られていたと知った日だ。



実際には記憶をなくしてはいないのだが、あんなに浴びるように飲んだのは初めてだった。それなのに、記憶どころか意識すら飛ばせなかった。それでも無心にアルコールを摂取し続けた。



あのとき、私は恐らく人生で1番の過ちを犯した。


綺麗な双眸が私を映して、溢れて追いつかない彼の色気に当てられて、その形のいい唇が薄く動いて。



「しばらく忘れさせてあげようか?」



甘く囁けば、あとはもう一瞬で。


どうして酔いは私の記憶を消してくれなかったのか。そればかりを思う。



後悔と反省と羞恥と、それから、それなりの高揚をもって、朝を迎えた。どうしようか、と頭を抱えながら、友達より近付けたことが嬉しくもあった。


でも、無情にも彼は普通だった。



そこでようやく我に返る。


彼にとってはよくあることなんだな、と。



こんなふうに境を飛び越えることはよくあって、特別を喜んだ女と朝を迎えることもよくあって、いつも、特別でも何でもないことを平常の態度で教えてやるのだろう。


友達との時間が長くて、自惚れていたのかもしれない。私は、茅野の周りの女の子とどこも違わない。



だから私も、忘れてしまえばいいのだ。


余すことなく、何もかもすべて。



そうわかっていながら、止まらない。


私はなんて愚かなのだろう。




    

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