隠し事

第2話

「諒ちゃんじゃん」



会社の同僚と仕事帰り、近くの居酒屋で女子会をしていたときのことだった。


顔を上げれば、「何やってんの?」と笑う見知った顔。そこにいたのは茅野で、何だかきらきらしている男性を数人引き連れている。



「……飲み会?」

「すげえ偶然。せっかくだし一緒に飲もうよ」

「いや、それは…」



この飲み会は、とにかく気を抜いて開けっ広げな会話を交わそう、という意味での「女子会」なのだ。だから男性が加わるのは困る。


茅野の申し出を断ろうとする私の気配を察知し、同僚たちは私の肩を引いた。



「ちょっと諒さん…! 誰ですか、あの人…!」

「何あのイケメン…!」

「バカ、諒、断るな…!」



目の色を変えて詰め寄って来た同僚が、小声で叫ぶ。


そんなことは慣れたものですべてお見通しな茅野は、にこっと人のよさそうな笑みを浮かべた。



「すげえ綺麗な人たちばっか。諒ちゃん、紹介してよ」



ホストみたいなことを言いながら、強引にも、座敷に上がって来た。


少し広めの座敷だったから狭くはないが、その強引さにもなぜか同僚は黄色い声を上げているが、私の同僚にまで手を出すのかと茅野を睨む。目だけで「帰って」と訴える。


私の意を汲んでいながら、彼は笑顔を向けるだけだった。



私がいらっとしている間に、彼の友達までもが座敷に上がって来ていて、同僚はもう女の顔に変わっていて、ちょっとした合コンができあがってしまった。


同僚が甘い声で喋る。男性陣がおだてるような言葉を口にする。私は、きゃーきゃーと盛り上がる集団の隅で、空気を乱さない程度にノリながら、小さくなる。お酒をぐいっと煽れば、対角線上に、同僚の間で楽しそうに笑う彼が目に入って、私は再びグラスを煽るのだった。



「ねえ、諒ちゃん。諒ちゃんってりつと知り合い?」

「大学が一緒で」

「あいつ、昔から仕方ないやつだったでしょ」

「それはもう、相当」

「ははっ、容赦ねえ」



茅野の友達の裕也ゆうやくんはけらけら笑う。


私は茅野の「仕方がない」光景を思い出し、苦笑した。



さすが彼の友達、と言うべきか。女の子を楽しませる術を熟知したような彼らにより、飲み会はおおいに盛り上がっていた。もはや合コンというよりホストクラブに近い。


かく言う私も、同僚と同じように笑っていて、楽しいお酒を飲んでいた。



何杯目かのグラスを空けようとしたとき、



「てか、諒ちゃんさ」



祐也くんは言った。



「律と結構長い付き合いなわけだよね」

「そうだね」

「その間、何もなかったの?」



手から滑り落ちそうになったグラスは、それがバレる前に掴み直した。こわばりかけた表情筋も、感情が出にくいサガが隠した。



「何それ」



私は笑った。



「ただの友達だよ」



そうだ、ただの友達だ。


嘘じゃない。



「(だってあれは、事故みたいな……)」



裕也くんは私の返事を疑わない。



「律の女の子の知り合いってほとんど律に食われてるイメージだから、諒ちゃんもそうなのかと思った」

「あはは」

「律になびかないとか珍しいね」

「そうかな。たくさんいるよ」

「いや、珍しいよ。つか、俺が諒ちゃん、気に入っちゃっただけかも」



それから、少し身を寄せ、秘密を共有するように囁いた。



「――…ねえ、2人で抜けない?」



さすが、茅野の友達。


耳に響かせる甘い声がそっくりだ。



私は裕也くんを見上げ、自然にそれを逸らす。すると、その先に、離れた場所で同僚と喋っている茅野がいる。楽しそうな彼に、どういう意図でか、小さな笑みがこぼれ、答えははっきりと胸の内にあることを悟った。


もう一度裕也くんを見つめる。



「ごめん、このあと彼氏と会うから」



平然と嘘を吐く自分を客観視する。



「それは残念。諒ちゃん彼氏いるのか」

「ごめんね」

「彼氏は裏切れない?」

「そうだね」

「羨ましいよ、一途に想われてるその人」



裕也くんは優しい人だ。


嘘を吐いたことが心苦しくて、もう一度「ごめん」と謝れば、彼は「謝ることないよ」と笑った。さすが茅野の友達、と思った。




     

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