こんな恋の、こんな愛。
実和
彼という人
第1話
「おせえ。
「なんか、さっきの店で女の子と話してたけど」
「まじかよ、またおトモダチ?」
「もう戻って来ねえかな。先行くか」
「行こう行こう。茅野ばっかずりい」
大学のときの仲間との飲み会。一次会の居酒屋を出て、ふらふらと二次会をする店を求めて歩き出す、酔っ払いたち。
私もそれに続いたが、「次は歌うぞ」とカラオケに吸い込まれて行く彼らの後ろでぴたりと足を止めた。
「ん? どうしたの?
「あー…ちょっと電話する用思い出した。電話してくるね」
「わかったー。部屋番号、LINEしとくよ」
「ありがとう」
笑って手を振ると、踵を返す。
来た道を戻りながら自分で自分に呆れるが、それでも足を止めることなく、さっきまでいた居酒屋に戻ってきてしまった。店の前のガードレールにもたれて、ぼーっと閉ざされた居酒屋の扉を見つめる。
ああ、ほんと、何してんだか。こんなことに一体どれほどの意味があるというんだろう。私みたいなやつをバカって言うんだろうな。わかってるんだけど。
そのとき「ありがとうございましたあ!」と中から元気な声が聞こえた。それが止む前に、知った声が私を呼ぶ。
「──諒ちゃん?」
焦点が合う。
「どうした?」
問題の茅野が私の顔を覗き込んでいる。
私は体の重心を戻した。
「二次会どうするかなって。カラオケらしいけど」
茅野は固まった。
……固まった気がしたが、気のせいだったかもしれない。にやっと口角を持ち上げた顔に動揺や驚きは見当たらない。
「俺のこと待っててくれたんだ? 諒ちゃん、優しいね」
「……で、どうする?」
「諒ちゃんが来てって言うなら、行く」
眉を寄せた私に「嘘だよ」と茅野は笑って。
「普通に行く。ありがとな」
無防備に目を細めた。
それから楽しそうに「どこのカラオケ?」と尋ねながら歩き始める。そのあとを追って少し駆け、私は隣で速度を合わせた。
カラオケまでの道を半分ほど進んだだろうか。
「──てかさ」
特に話をするでもなかったが、茅野は思い出したかのように呟いた。
その際に偶然、茅野の首に残る痕に気付いてしまう。
「俺が抜けたとは思わなかった?」
「抜けたって、女の子と?」
「うん。知り合いが声かけてきたとき、諒ちゃん一緒にいたし」
「まあ……うん」
確かに、女の子が茅野に話しかけたとき、その後ろを歩いていたから、私はその場を目撃している。
「状況が違ったら抜けてただろうとは思うけど」
「思うんだ」
「でも、今日は抜けないだろうなって思った。茅野、このメンバーで飲むの好きだもんね?」
そう茅野に笑いかければ、角度の問題かやはりその痕が目に入った。
私の視線の先に気付いた茅野は、隠すように首に手を当て苦笑を浮かべた。
「いや、まじで普通に話してただけなんだけど、別れ際にやられました」
何がどうなったら、そうなるんだ。
若干呆れながら「そっか」と顔の向きを戻す。
「まあ一種の男の勲章ですよ」
茅野の口調はほとんど冗談だった。
その声が自然に喧騒の中へと消えたころ、真面目な顔をして茅野は私を見つめた。
「でも、抜ける気はなかったから、諒ちゃんが待っててくれて嬉しい」
それでもすぐににやっとして、「ぐらっと来たけど耐えてよかった」と笑うのだった。
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