第3話 父

◆父


 その場所は、地元の川を上流へと遡った所にある平地でした。

 そこへ僕を連れて行ってくれたのは父です。

 僕は小学校の低学年だったと思います。

 父とはよく山に登りました。

 只のハイキングだったこともありますし、誰も行かないような神社だったこともあります。

 他にも廃墟のような建物にも入ったこともあります。

 そんな散策を父は好んでいたのか、それとも僕に色んな場所を見せたかったのかどうか分かりません。

 父は無口でしたが、時折、真実めいたことをぼそっと言ったりしました。

 当時、怖がりの僕に、

「この世界の怖いものには全て理由があるんや。その理由を知れば怖いものなんてないんやで」

 そんなことを言っていましたが、幼い僕には怖いものは、やはり怖かったのです。


 僕の住んでいた町は横に長く伸びており、すぐ北には山が広がり、南へ歩くと、すぐに海に出ました。

 すごく分かりやすい土地ですが、幼かった僕はどこの町でもこんな形をしているものだと思っていました。

 ですが、父にオートバイの後ろに乗せてもらって六甲山を登った時、山の北側に、別の町が広がっていたが印象に残っています。

 それは「有馬」の町です。

 僕は山の向こう側に、町があるなんて思ってもみませんでした。

 有馬に住む人は南側が山なのです。

 すごく当たり前の事ですが、その時の僕には衝撃的でした。有馬の温泉町の風景が異国のように見えました。


 父との散策の中でよく行ったのが、地元の大きな川の上流です。

 川辺を散策したこともありましたし、更に上流に上がって、奥にある大きなダムも見たことがあります。

 途中に火葬場が見え、子供心に怖かったのを憶えています。


 その日も川を上がりながら、

「ちょっと変わった場所があるけど、行ってみるか?」と父が言いました。

 父は僕の返事を待つことなく父はどんどん先に進みました。

 僕は父に促されるまま、更に川を上がることになったのです。

 川を上がると言っても、川の中を歩くわけではありません。川伝いにある道を歩くわけです。ですから、時折、川から離れたり、再び近づいたりを繰り返しながら歩きます。

 かなり急勾配なので次第に疲れてきます。

 息が切れそうでしたし、足が痛くなりました。

 ですが父は息子を鍛える目的もあるのか、「男ならこれくらいで弱音を吐くんやない!」と言ってどんどん先に行きます。


 ようやく車が通れるほどの道が更に狭くなり、足元もぬかるみがあったり、岩場が続いたりしました。へとへとです。

 途中には茂みに覆われた道を通ったりしました。

 服に枯れ枝が引っ掛かったりしました。

 ですけど、父に言われた通り、そんなことで心を折ることなく歩き続けました。


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檻の中の少女たち 小原ききょう @oharakikyo

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