第43話 憐憫

 無事に一階層のポータル前へと戻ったハイドたちは、ニックと合流し、地上へ出た。

 行きはニックを抱きかかえて空から急行したが、ヘレネーを救出した今、その必要はない。


《ねじれ森》から領都セントリッツまで続く街道へ向かい、三人は帰途につく。


「……ねぇ、ショウ。やっぱり下ろして。恥ずかしいし、重たいと思う」


 右足を負傷しているヘレネーを背負っていると、背中から彼女の恥ずかしげな声が飛んでくる。


「モンスターがポップするダンジョンは出て、安全は確保されているんです。パーティメンバーとして、これぐらいのことはさせてください。それに、全然重たくないですから」

「……うん」


 ぎゅぅっと、肩から胸元に回されたヘレネーの両腕に力が籠もる。

 先ほどから背中に柔らかい感触が当たっている気がするが、ハイドは仲間として意識しないように努めていた。


「しっかし、まさかC等級ダンジョンからソロで人命救助をしたばかりか、討伐依頼もこなしてくるとはよ」


 そんな二人のやりとりを眺めていたニックが、禿頭をぺちんと叩いて感心したように零す。


「すみません、お待たせしてしまって」

「いいってことよ。元々恩返しのつもりだったからな。……ま、お前がこのことを恩に感じてくれるなら、俺としては悪い話じゃねえけどよ。エール一杯でどうだ」


 冗談めかして豪快に笑うニックに、ハイドも笑い返す。

 ニックはハイドたちをしばらく微笑ましいものでもみるように眺め、ぽつりと呟いた。


「その、悪かったな。余計なアドバイスを言っちまってよ」

「え?」

「お前が初めてギルドに現れた日のことだ。彼女に関わるのはやめておけって言ったろ」

「ああ……」


 ニックの言葉に、ハイドは冒険者となった日のことを思い返す。

 受付でまごついていたハイドに声をかけてきたのが彼だった。

 その場でニックはヘレネーに気をつけろと、そう言ってきたのだ。


 先ほどまでの豪快な笑い方とは対照的に申し訳なさそうに俯くニック。

 そんな彼に、ハイドの背に負ぶわれているヘレネーが声をかけた。


「私は気にしてない。そう言われても仕方ないと思ってる。相手がショウでなかったら、あなたの言ったことは正しかった」

「ヘレネーさんが気にしていないなら、なおさら俺の方から言うことはありません。それに、結局俺はニックさんの忠告に従ってませんでしたから」


 二人の言葉にニックは呆れたように笑みを刻む。


「本当、お前たちは良いパートナーだよ」

「ありがとうございます」

「パ、パートナー……っ」


 ぎゅぅっと、さらに抱きつく力が強まる。

 少し苦しいと思っていると、薄闇に包まれた街道、その向こうにぼんやりと人影が浮かび上がってきた。


「……ショウ、下ろして」


 ヘレネーの指示に素直に従い、彼女をそっと下ろす。

 そうしながらも、ハイドは眼前の三人・・を警戒していた。


 そんな二人の様子を察してニックもまた前方を見据える。


 やがて両者の距離が迫り、ぼんやりとしていた輪郭がはっきりとしてきた。


「その様子だと、結局そこの男に助けてもらったみたいね。ねぇ、ヘレネー?」


 アデラが嫌みったらしく口角を上げて叫んだ。

 ヘレネーは一瞬びくりと肩を震わせたが、そのまま歩を進めていく。


「おい、この女たちが」

「そうです」

「ちっ、冒険者の風上にもおけねぇ屑が」


 大体の事情を知っているニックは唾棄すべき者を見るように表情を歪める。


 返事もせずに近付いてくるヘレネーへ、アデラは苛立った様子で再び叫んだ。


「言っとくけどぉ! 他人の力を借りた時点で、もうあんたの集落での居場所はないんだからね! どうしてもって言うんなら、泣きながら頭を地面に擦りつけな! そうしたら特別にあたしが口利きしてやってもいいわよ」


 下卑た笑いを浮かべる三人に苛立ちを覚えるハイドたちだったが、ヘレネーは何も言い返すことなく、さらに歩く。

 そして、三人の眼前に迫ったところでようやく足を止めた。


 ヘレネーは三人をまっすぐに見つめ返す。

 その顔つきに今までとは違う何かを感じたのか、アデラたちは一瞬気圧されたように息を呑んだ。


「――私、もういい」

「……は?」

「もう、故郷に帰らなくていい。あなたたちに付き合うつもりもない。だから、あなたたちとのパーティも終わり。私は、またショウとパーティを組む」


 そう言って、ヘレネーはぐいっとハイドの腕を掴んだ。


 呆然として固まる三人の隣を、ヘレネーたちはすり抜けていく。

 その間際。アデラが甲高い声で叫んだ。


「ふっ、ざっけんじゃないわよ! 故郷に帰らなくていい? それであんたはまたその男に寄生するつもり? 自分じゃ何もできないくせに! それどころか呪いを振りまく愚物のくせに!」

「……おい」

「ショウ、いいから」


 三人に向き直ろうとしたハイドを制して、ヘレネーが彼女たちの矢面に立つ。

 そして、ヘレネーは三人の威圧に臆することなく面と向かった。


「確かに、私はショウに迷惑をかけっぱなし。アデラたちにそんな様じゃ、故郷に帰れないって言われて、パーティを解散するよう言われて……その通りだって思ってた」


 ヘレネーは話していた。

 故郷に帰るために、【吸収】をものともしない力を手に入れたい。そのために冒険者になったと。


 ハイドと一緒にいると、その力が手に入れられない。

 そのことをアデラたちに指摘された上で、故郷を引き合いにして脅されて、それで彼女は解散を申し出たのだった。


(弱みにつけ込んで、自ら手を引くように誘導する……なんて不愉快なやり方だ。でも今のヘレネーさんは、もうそんなやり方に屈するような人じゃない)


 信頼とともにヘレネーの背中を見る。

 俯きがちになっていた顔を再び上げて、ヘレネーは高らかに宣言した。


「でも、そんなの関係ない・・・・。私はショウと一緒にいたい。ショウのところが私の居場所。私が帰りたい場所。――だから、もう私にかまわないで」


 強い声だった。


 傍らでニックがひゅーひゅーと口笛を吹いている。

 わなわなと震える三人に背を向けて、ヘレネーは柔らかく微笑みかけてきた。


「行こ」

「はい」


 再びセントリッツへ向けて歩き出す。

 少しして、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。


「ざっけんじゃないわよ! ヘレネー、なんであたしたちがあんたなんかにそんな憐れむような目で見られないといけないのよ!」


 怒気で満ちた叫びとともに、三人は矢筒から矢を取り出していた。

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